上った。すると肉屋はまたそれを俎の上におろして、ほんの少しばかり端っこを切りとった。そしてもう一度秤にかけた、今度は錘の方がやや低目になった。すると、切りとった端っこの肉を、更に半分ほど切りとって秤の肉につぎ足した。それで秤は大たい水平になった。肉屋はその肉を俎において刻み終ると、からからになった脂肪の一片をそれに加え、竹の皮に包んで次郎に渡した。次郎は、牛肉というものについて、ある新知識を得たような気持で、それを受取った。
 彼は受取るとすぐ、周囲を見まわしながら、それを懐に押しこんだ。そして恥ずかしいような、誇らしいような変な気分を味わいながら、母の病室に這入って行った。
 病室には正木の老夫婦の外に、ついさっきまでいなかったはずの謙蔵がいた。次郎はお祖母さん一人の時の方が工合がいいように思ったが、思いきって竹の皮包みをみんなの前に出した。
「何だえ、それ。」
 お祖母さんがたずねた。
「牛肉だよ。」
「牛肉? どうしたんだえ。」
「買って来たのさ。」
「買って来た? どこで?」
「村に売りに来ていたんだよ。」
 みんなは変な顔をして、竹の皮包みと次郎の顔とを見くらべた。
「誰かに言いつかったのかい。」
「ううん。」
「お金は?」
「僕持っていたんだい。」
「お前のお小遣い?」
「そう。」
「何で牛肉なんか買って来たんだえ。」
「母さんが、鶏のスープはもう飽いたって言っていたからさ。」
「まあ、お前は……」
 お祖母さんは急におろおろした声になって、ぼろぼろと涙をこぼした。お民の眼にも涙が浮いていた。謙蔵は微笑しながら言った。
「そいつは感心だ。で、どれほど買って来た?」
「三十銭だけど、たったこれっぽちさ。」
 次郎はそう言って竹の皮を開いて見せた。お祖母さんがそれでまた涙をこぼした。
「いや、今日は牛肉のご馳走が沢山に出来るぞ。叔母さんも、さっき一斤ほど買ったようだから。はっはっはっ。」
 謙蔵は、以前のいきさつなどすっかり忘れているかのように朗らかだった。次郎は、しかし、それを聞いてちょっとがっかりした。小さな竹の皮に、薄くぴったりと吸いついている赤黒い肉が、彼の眼にはいかにもみじめだった。
「次郎、ありがとう。じゃ叔母さんに買っていただいたのと一緒にしてお貰い。」
 次郎は、母にそう言われて、少しきまり悪そうに、もとどおり竹の皮包みに紐をかけた。そして立
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