かし、自分の予想していたこととは、話が大ぶちがっていそうに思えたので、いくらか安心した。そして、まじまじと父の顔を見た。
「お前にはまだ知らしてなかったが、母さんは病気になってね。」
 俊亮の声はいやに淋しかった。彼はまだ何かつづけて言うつもりらしかったが、それだけ言うと急に默りこんでしまった。すると正木のお祖母さんが、すぐそのあとを引きとって、愚痴《ぐち》っぽくいろいろと話をした。それによると、お民の病気は肺で、町の狭くるしい、陰気な家にいては、ますます重くなるばかりだから、お祖父さんの発意で、こちらでゆっくり養生することになった、というのであった。
 むろん、俊亮の経済的な窮迫とか、本田のお祖母さんの病人に対する仕打とかについては、一言も話されなかった。しかし、次郎は話をききながら、そうしたことについても、大ていは想像してしまった。
 ひととおり話が終ると、俊亮が言った。
「実は、母さんがそんな事になったので、お前まで御厄介になるというわけにはいかんから、今日にもお前を町につれて帰ろうかと思っていたんだ。ところが、お祖父さんは、お前が母さんに孝行するのはこんな時だ、どうせ小学校を出るまでこのまま置いたらどうだ、とおっしゃって下さる。どうだ、お前に母さんの看病が出来るか。」
 次郎は、母の看病のことを考える前に、町の陰気な部屋をひとりでに思い浮かべた。そして、その中で本田のお祖母さんに何もかも世話を焼いてもらう自分を想像してみた。彼は、その想像だけで、もう何も考えてみる必要を感じなかった。謙蔵伯父のことがちょっと頭にひらめかぬでもなかったが、母の看病をするという理由がある以上、これからはかえって誰にも気兼なしに、正木の家に居れるような気さえした。彼はむしろ勇み立つようにして答えた。
「僕、きっと母さんの看病が出来るよ。」
「そうか。では、どんなことをするんだい。」
 俊亮はかすかに微笑しながら言った。
「看病ぐらい、わかってらあ。」
「わかってる? じゃ言ってみたらいいじゃないか。」
「薬をついでやったり、体をさすったりするんだろう。」
「それっきりか。」
「氷で冷やしてやることもあるよ。」
「それっきりか。」
「まだいろいろあるさ。」
「いろいろってどんなことだい。」
 次郎は、父が変に皮肉を言っているような気がして、少し腹が立った。で、それっきり返事をしないで
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