、はたで付替《つけかえ》を見ていた竜一が言った。
「学校では、みんなが次郎ちゃんを怖がるんだよ。僕、次郎ちゃんと仲がいいもんだから、僕まで威張れらあ。」
「まあ、いやな竜ちゃん。」
 春子は吹き出しそうな顔をして、そう言ったが、急に真面目になって、
「次郎ちゃんは、お友達に怖がられるのがお好き?」
 次郎は、春子に真正面からそう問われて、うろたえた。そして、つまらないことを言い出した竜一を、心のうちで怨《うら》んだ。
「竜ちゃん、嘘言ってらあ、誰も怖がってなんか、いやしないじゃないか。」
 彼はむきになって打消しにかかった。
「嘘なもんか。ほら、昨日だって、次郎ちゃんが行くと、みんな鬼ごっこをやめて、逃げちゃったじゃないか。」
「いけないわ、そんなじゃあ。」
 と、春子は、絆創膏を貼《は》り終って、じっと次郎の顔を斜め後から見下した。
 次郎は何とか弁解しようと思ったが、どう言っていいのか解らなくて、椅子にかけたままもじもじしていた。すると、いきなり春子の手が、うしろから彼の肩をつかんだ。
「次郎ちゃん、お願いだからいい子になってね。いいでしょう、ね、ね。」
 春子の頬が息づまるように、次郎の頬にせまって来た。次郎は柔かな光の渦《うず》に巻きこまれるような気がして、ぼうっとなった。そして、嬉しいとも悲しいともつかぬ涙が、ぽたぽたと彼の膝に落ちた。
「乳母やさんが聞いたら、どんなに心配するが知れないわ。」
 春子の声が、彼の耳許でふるえるように囁《ささや》いた。
 次郎は、それを聞くと、いきなり椅子からすべって春子に抱きついた。
「僕、悪かっよ。僕……僕……」
 彼は、顔を春子の胸にうずめて、泣き声をおさえた。春子は次郎の頭をなでながら、
「そう? 解ってくれて? じゃもういいわ。」
「なあんだ、つまんないなあ。姉ちゃん生意気だい、次郎ちゃんを叱ったりするんだもの。」
 と、竜一は口を尖らしながら、それでも何だか訳がわからなそうな顔をして、立っていた。
「そうね、ほんとに悪かったわね。……じゃ、二人でお二階へ行ってらっしゃい。いいものあげるから。」
 竜一はすぐ次郎の手を引っぱった。次郎は一方の手で涙を押さえながら、まるで、ずっと年上の人にでも手を引かれているかのように、竜一のあとについて、二階に行った。

     *

 傷が治ってからも、彼は毎日のように竜一の家
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