。次郎はそれを見ると、泣きたいような懐しさを覚えた。彼は、学校の帰りなどに、仲間たちの眼を忍んでは、よく一人でそこに出かけて行った。
ある日、彼が例のとおり、土台石の一つに腰をおろして、お鶴から来た年賀状を雑嚢から取り出し、じっとそれに見入っていると、いつの間にか、仲間たちが彼の背後に忍びよって来た。
「次郎ちゃん、何してんだい。」
次郎は、だしぬけに声をかけられて、どぎまぎした。そして、なにか悪いものでも隠すように急いで絵葉書を雑嚢の中に押しこみながら、彼らの方にふり向いた。
「ほんとに何してんだい。」
仲間の一人が、いやに真面目な顔をして、もう一度訊ねた。
「この石が動かせるかい。」
次郎はまごつきながらも、とっさにそんな照れかくしを言うことが出来た。そして、言ってしまうと、不思議に彼のいつもの横着さが甦って来た。
「何だい、こんな石ぐらい。」
仲間の一人がそう言って、すぐ石に手をかけた。石は、しかし、容易に動かなかった。するとみんなが一緒になって、えいえいと声をかけながら、それをゆすぶり始めた。まもなく、石の周囲に僅かばかりの隙間が出来て、もつれた絹糸を水に浸して叩きつけたような草の根が、真っ白に光って見え出した。
次郎は、大事なものを壊されるような気がして、いらいらしながら、それを見ていたが、
「馬鹿! みんなでやるんなら、動くの、当りまえだい。」
と、いきなり彼らを呶鳴りつけた。
「なあんだい、一人でやるんかい。」
みんなは手を放した。
「当り前だい。僕だって一人でやってみたんだい。」
「何くそっ。」
最初に石に手をかけた仲間が、また一人でゆすぶり始めた。が、一人ではどうしても動かなかった。
「よせやい。動くもんかい。」
次郎はそう言って雑嚢を肩にかけると、さっさと一人で帰りかけた。
「馬鹿にしてらあ。」
仲間達は、不平そうな顔をして、しばらくそこに立っていたが、次郎がふり向いても見ないので、彼らも仕方なしに、ぞろぞろと動き出した。
だが、土台石も、夏が近まるとすっかり取り払われて、敷地は間もなく水田に変った。そして今では、どこいらに校舎があったのかさえ、見当がつかなくなってしまっている。
お鶴からの年賀状だけは、その後も大事に雑嚢の中にしまいこまれていたが、手垢がついたりするにつれて、それも次第に次郎の興味を惹《ひ》かなくなり、
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