しい農婦になっている。あのころ可愛いゝと思った顔は、まだいくらか面影はあるが、頬はこの冬空にも陽やけして光り、その手は女中の手ではなく、農婦の逞しくふくれ、盛り上って荒れきった大きな手であった。
 明るい素直な笑い方に昔の面影が最も多く残って彼の胸にあるなつかしさを感じさせたが、そのほかには、あまりにも昔と違う別の一人の農婦に変り果てゝいる。
「お嫁に行かなかったのか」
「ハア、亭主が戦死しましたでネエ。坊ッちゃまは御無事にお帰りで、何よりでございました」
「子供は生れなかったのか」
「ハア、坊が一人。あっちのウチのあととりに置いてきましたが」
 そのとき、この谷ぞいの山道のふちに、崖下のたった三軒ある家の一軒から、パーマネントにモンペの娘がとびだしてきた。
 それが例の娘であった。
「おや、君のうちはこゝかい」
「アラ、まア、昔の恋人が、仲がいゝことね」
 お園が大きな冴えた笑いをたてゝ、
「坊ッちゃまはツネ子さんとダンスをなさったそうですね」
 貞吉も笑った。するとツネ子がふきだして、ゲタ/\笑った。
 なるほど、と貞吉は思った。彼を見る娘の視線が、彼の素性を知っての上と思われたのも道理であり、娘はお園の隣家の住人であったのだ。
「おでかけかい」
「えゝ、学校に忘年会と新年会の芝居の稽古があるのよ」
「じゃア、そこまで一緒に行きましょう」
「お園さんに悪くないの」
 お園は又、大きな冴えた笑いをたてた。
 昼間見るツネ子の顔は、そのハリキッタ体格にくらべて、冴えた顔色ではなかった。頬はベニで真ッ赤であるが、ハダの荒れが感じられた。それはいっそう野性と情慾の野放図もない逞しさを感じさせ、シャクレた顔に妙に小さく引ッこんでいる目が、いつもたゞ好色の湖に物をうつしている、けだものゝように思われた。
「君は役者もやるのか」
「えゝ、男役でも、女役でも、レビュウもやるのよ。エロレビュウ。私が主役よ。エロの主役。素裸になるのだもの」
「君が」
「えゝ、私だけよ。さすがに、みんな、裸になる勇気はないわね。だから、見物にいらっしゃいよ」
「いつ?」
「クリスマス。二十四日だか二十五日だか、目下議論が二派に分れて、どっちが本当のクリスマスの日だか、まだはっきりしないのよ」
「クリスマス・イヴなら二十四日じゃないか。もう、たった三日しかないじゃないか」
「二十四日、ほんとネ。どうも
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