し彼はこのとき意外な失策をやった。
彼は小心臆病であった。嘘かホントか知らないけれども、敵機は夜間に燈火をめがけて投弾する、そこで空襲なぞよその話と電燈つけて高イビキの山奥へ投弾されて、たった一軒ふきとばされたり山林火事になったりする、そんな話もあるところへ、彼の村では燈火を消さずに寝ている奴バラがたくさんある。他人の家はさておき、彼の家のトメという女中とカメという下男は特別に心掛のよからぬ奴で、アカリを消したことがない。何べん言ってきかせてもダメであるばかりか、そんなオメサマ、何千里も海を渡ってとんできて、こんな山奥へ、そんなムダなこと、しませんテバ、と口ごたえする。カメもトメも薄馬鹿であるが、どこできいたか、アメリカの機械といえば日本は遠く足もとへも及ばんもんだ。日本の飛行機ハネ、夜になるとメクラになるからウラトコの山へ落すもんだ、アメリカの飛行機はソンゲナ馬鹿なこと、しませんガネ、と言う。
もとより正一郎はレーダーの威力を知っているから、この山奥へ逃げこんで、戦車に体当りの下界のモロモロの低脳どもを冷やかに見下していたのであるが、カメに虚をつかれて逆上した。
カメは正一郎が物心ついた時にはもうこの家に働いていた主のような薄ノロであるが、山羊の乳を飲みへらして持ってくる、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]の卵を朝ごとに四ツ五ツのみこんで三ツ四ツ残して運んでくる、青大将のような奴で、二度と卵と乳を呑むとヒマをやるぞと言い渡してもヘラヘラ笑って、この節は炭を焼いても日に百円にはなるもんだ、オラの月給はたゞみたいの二十円で、マンマは腹に半分食せてくれんガネ、ヒマになったらいゝもんだと捨ゼリフして二三日炭焼き小屋へ手伝いなどに消えてなくなり、三日もたつと忘れた顔して下男部屋に戻っており、すでに卵を四ツ五ツ飲んでいるというグアイであった。
正一郎は都市にいるころは空襲警報にも起きたことがなかったのに、山奥へきてからは、警報がでると猛烈な勢いで屋根裏の下男部屋へ駈け上って、電燈を消す。カメの枕をけとばして、このヤローなぜ消さんか、なんべん言ったら納得するんだ、するとカメは、ねむたい時は返事もせず、枕をけとばされてもグウグウねむり、起きてる時は、
「なアにさ、オメサマ、ここへ落ちれば、いゝもんだ。山奥のコンゲナ古屋敷がミヤコの代りに灰になれば、忠義なもんだ。ウ
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