長は鉄砲弓五百人、三間半の長い槍が五百人、自分の家来殆ど全部ひきつれて、木曾川を渡ってやってきた。兵隊の数は多くはないが、装備は立派なものである。
 ところがその行列のマンナカへんに馬に乗ってる殿様がものすごい。頭は茶センマゲと云って、髪を一束にヒモで結えただけの小僧ッ子の頭である。その日のヒモはモエギであった。このバカ小僧はマゲを結ぶヒモの色に趣味があって、モエギかマッカの色のヒモしか使わないというのはすでに評判になっている。
 明衣《ゆかたびら》の袖を外して着ている。大小に荒ナワをまいて腰にさし、また火ウチ袋を七ツ八ツ腰にぶらさげている。腰に小ブクロをたくさんつけてるのは当時猿マワシの装束がそうだった。信長の様子はその猿マワシにそっくりだった。
 ところがこの火ウチ袋は信長の魂こめた兵法の必然的な結果であった。それは彼に従う鉄砲組の腰を見れば分るのだ。みんな七ツ八ツの火ウチ袋をぶらさげているのだ。袋の中には多くのタマと火薬などが入っていた。
 知らない人々が解釈に苦しむのは無理もない。彼らにとっては、鉄砲とはただ一発しか射てないものだと相場がきまっていたからである。多くのタマや火薬
前へ 次へ
全32ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング