た。それは後日織田信長がわがものとして完成し、それによって天下を平定した兵法であった。元祖は一文銭の油売りだ。
 その兵法の原理は単純である。最も有利な武器の発見とそれを能率的に使用する兵法の発見とである。
 それは兵法の一番当り前の第一条にすぎないけれども、とかく発見や発明に対する本当の努力は忘れられているものだ。そして常人の努力は旧来のものを巧みにこなすことにだけ向けられている。それは新しい発見や発明が起るまではそれで間に合うにすぎないものだ。
 まず彼が発見した有利な武器は、敵の物よりも長い槍であった。普通短槍で一間余、大身の槍で二間どまりのところであるが、彼は普通人の体力で三間、さらに三間半まで可能であると考えた。
 その長槍は丁々発止と打ち合うには不向きであったが、彼はその槍で打ち合うような戦争の方法を考えていなかった。
 野戦に於て、主力との正面衝突が行われるとき、両軍はまず槍ブスマをそろえて衝突するのが普通だ。そのとき、敵よりも長い槍の槍ブスマが敵の胸板を先に突き刺すにきまっている。
 さてその槍を再び構えて丁々発止とやれば今度は不利であるけれども、再びその槍を構える必要はないではないか。最初の衝突で敵の胸板を突きぬいたとき、長槍の任務は終っているのだ。あとは刀をぬいて接近戦にうつってよかろう。
 この原理は槍に限ったことではなかった。後日鉄砲が伝来すると、あらゆる武将がこの革命的な新兵器に注目した。云うまでもなく、鉄砲の前では長槍も弓矢も問題ではなかった。
 けれども、当時の鉄砲は最初の一発しか使いものにならなかった。タマごめや火をうつすのに技術を要しまた時間を要するから、二発目の発射までに敵に踏みこまれてしまう。技術的に短縮しうる時間だけでは、それを防ぐことができない。また機械の改良によって時間を短縮することは、当時の科学水準ではまったく、絶望であった。
 そこで鉄砲は最初の一発しか使用できないということは当時の常識であり、武将たちは敵の二発目を許さずに突入する歩兵の速度を鉄砲対策の新戦術として研究した。
 彼だけはアベコベだった。彼はあくまで鉄砲に執着した。二発目も三発目も、否、無限に鉄砲を射ちまくることに執着したのである。そして、その方法を発見した。彼は鉄砲組を三段に並べることを考えた。三段でなくて、四段でも五段でもよいけれども、技術的に三段まで短縮することができたのだ。
 つまり、第一列目が射つ。次に第二列目が射つ。次に第三列目が射つ。その時までに第一列目のタマごめが完了する。かくて彼の鉄砲はつづいて何発も射つことが可能となった。
 この鉄砲戦術も後日信長が借用してわがものとする。信長はさらに改良を加え、野戦に特殊な鉄砲陣地を構築する。ザンゴーを掘り、竹矢来をかまえ、その内側に三段の鉄砲組を構えるのだ。騎兵の突入を防ぐには、ただの三段の鉄砲陣では防ぎきれないからだ。そこで信長の鉄砲組は、鉄砲のほかに竹矢来用の竹と穴掘り道具を持って出陣する。この戦法は信長が完成したが、元祖は一文銭の油売りであった。

          ★

 一文銭の油売りは多額の金ができたので、そろそろサムライになってもよいころだと考えた。
 サムライになるにも、なり方がある。いかに乱世でも出世のツルが諸方にころがっているわけではない。
 諸国を廻游した結論として、手ヅルがなければロクな仕官ができないことを知った。そして、美濃の国では南陽房の舎兄がよい顔であることを知った。
 彼は常在寺に昔の南陽房を訪ねた。
「オレはサムライになりたいと思うが、今の武士に欠けている学問があって、諸国の事情にも通じている。オレのようなのを用人に召抱えて側近に侍らせておけば、その主人が一国はおろか何国の大守になっても、諸侯との交渉談判儀礼通商に困るということはない。将軍に出世しても、まだオレの智恵学問が役に立つぞ。貴公はそう思わないか。そう思ったら、貴公の兄上にたのんで、オレを然るべき人の用人に世話をしてもらいたい」
 南陽房は師の僧のヒキや同輩の後援によって法蓮房の上に立ったが、元々彼だけは他の小坊主とちがって法蓮房の実力を知り、傾倒して見習い、また教をうけてもいるのだ。
 いかに傾倒していても鼻面とって引き廻されてる時にはおのずから敵意もわいて、法蓮房の上に立つことが小気味よかった時もあったが、今となれば、もはや敵意なぞはない。そこで兄にたのんでやった。
 美濃の領主は土岐氏であるが、そのころ斎藤|妙椿《みょうちん》という坊主あがりの家来が実権を奪っていた。土岐氏は名目上の殿様にすぎなかった。したがって、土岐氏の家来の家老長井長弘も斎藤妙椿の家来の顔をして励まなければならない。油売りの庄五郎はこの長井長弘のスイセンで妙椿の用人となることになったが、
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