ないのである。
 ところが天罰テキメン。無理な見栄は張らないものだ。野荒しの留守中に清洲の織田本家の者が信秀に敵の色をたて、信秀の居城|古渡《ふるわたり》を攻めて城下を焼き払って逃げたのである。
 信秀は慌てて帰城して対策を考えたが、清洲の織田本家はいま弱くても、とにかく家柄である。これを敵に廻してモタモタしていると、味方の中から敵につくものがどんどん現れてくる可能性がある。
 清洲の本家が信秀から離れるに至ったのは落ち目の信秀がいずれ美濃の道三に退治されてしまうと見たからであろう。
 清洲の本家ともまた美濃の道三とも今はジッと我慢して和睦あるのみ。こう主張して、自らこの難局を買ってでたのは平手政秀である。
 平手は直ちに清洲との和平を交渉するとともに、一方美濃へ走った。道三に会って、信秀の長男信長のヨメに道三の愛嬢濃姫をいただきたい、そして末長く両家のヨシミを結びたいと懇願したのである。平手は信長を育てたオモリ役であった。
 軽く一ひねりに五千の尾張兵をひねり殺して信秀の落ち目の元をつくったのは道三だ。その道三は益々快調、負け知らず、美濃衆とよばれて天下の精強をうたわれている彼の部下は充実しつつあるばかりだ。
 信秀が負け犬の遠吠えのように美濃の城下を遠まきに野荒しをやって逃げたのも笑止であるが、腹が立たないわけではない。しかるに、野荒しのあとに、三拝九拝の縁談とは虫がよすぎるというものだ。
 ところが道三は意外にも軽くうなずいた。
「信長はいくつだ」
「十五です」
「バカヤローの評判が大そう高いな」
「噂ではそうですが、鋭敏豪胆ことのほかの大器のように見うけられます」
「あれぐらい評判のわるい子供は珍しいな。百人が百人ながら大バカヤロウのロクデナシと云ってるな。領内の町人百姓どもの鼻ツマミだそうではないか。なかなかアッパレな奴だ」
「ハア」
「誰一人よく云う者がないとは、小気味がいい。信長に濃姫をくれてやるぞ」
「ハ?」
「濃姫はオレの手の中の珠のような娘だ。それをやる代りに信秀の娘を一人よこせ。ウチの六尺五寸のヨメにする。五日のうちに交換しよう」
「ハ?」
 平手は喜びを感じる前に雷にうたれた思いであった。怖る怖る道三の顔を仰いだ。老いてもカミソリのような道三の美顔、なんの感情もなかった。
「濃姫のヒキデモノだ」
 道三は呟いた。
 両家の娘を交換する。それは対等の同盟を意味している。しかるに今の道三と信秀は全然対等ではなかったのである。平手は七重の膝を八重にも曲げて懇願しなければならない立場だ。しかるに道三が対等の条件にしてくれた。それが最愛の娘濃姫を与える大悪党のヒキデモノであった。
 年内に濃姫は信長のオヨメになり、織田家からは妾腹の娘が六尺五寸殿にオヨメ入りした。信秀の本妻には年頃の娘がなかったせいだが、これでは対等を通りこして、道三の方が分がわるい。しかし道三は平気であった。
 難物と目された美濃との和平は一日で片がつき、弱小の清洲との和平に一年かかった。清洲の条件が高いのだ。そして、折れなかった。それほど信秀は落ち目であった。
 ところが道三は落ち目のウチの鼻ツマミのバカ倅に愛する娘をヨメに与えたのである。

          ★

 その四年後に、織田信秀は意外にも若く病死してしまった。落ち目の家をついだのは、いま評判のバカヤローであった。
 信長は父の葬場にハカマもはかずに現れて、香をつかんで父の位牌に投げつけた。バカはつのる一方だった。
 信長の代りに弟の勘十郎を立てようとする動きが露骨になった。しかし、その動きは信長にとっては敵であっても、織田家を守ろうとする動きである。背いてムホンするものは日ましに多くなった。
 平手はたまりかねバカを諌めるために切腹して死んだ。信秀のあとは、もう信長では持ちきれないと思われた。
 その時である。道三が信長に正式の会見を申しこんだ。道三は濃姫をくれッ放しで、二人はまだ会見したことがなかったのである。
「信長のバカぶりを見てやろう」
 道三は人々にそう云った。
 会見の場所は富田の正徳寺であった。正式の会見だから、いずれも第一公式の供廻りをひきつれて出かける。
 道三は行儀作法を知らないという尾張のバカ小僧をからかってやるために、特に行儀がいかめしくてガンクビの物々しい年寄ばかり七百何十人も取りそろえ、これに折目高の肩衣袴《かたぎぬばかま》という古風な装束をさせて、正徳寺の廊下にズラリとならべ、信長の到着を迎えさせる計略であった。
 こういう凝った趣向をしておいて、自分は富田の町はずれの民家にかくれ、戸の隙間から信長の通過を待っていた。いかに信長がバカヤローでも人に会う時は加減もしようから、誰に気兼ねもない時のバカヤローぶりを見物しようというコンタンであった。
 信
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