そのとき長弘が庄五郎に語るには、
「貴公は南陽房が兄とたのんだほどの学識ある器量人だから、事理に暗い筈はない。美濃は古来から土岐氏所領ときまっているが、近代になって臣下の斎藤妙椿が主公を押しのけて我意のままにふるまっている。我々は妙椿を倒して再び昔のように土岐公を主人にむかえたいと思っているが、貴公がこれに賛成してくれるなら、貴公を妙椿の用人にスイセンしようと思う」
「なるほど。私はこの土地の者ではありませんから、どなたに味方しなければならないという義理も人情もない筈ですが、仰有《おっしゃ》るように、私が強いて味方を致すとすれば正しい事理に味方いたしましょう。土岐公が古来この地の領主たることは事理の明かなるものですから、その主権を恢復したいと仰有ることには賛成です」
「それは甚だ有りがたい。実は妙椿に二人の子供がおって、これが仲わるく各々派をなして後釜を狙っている。妙椿が死ねばお家騒動が起って血で血を洗い、斎藤の勢力は一時に弱まるに相違ない。その機に乗じて斎藤を亡し主権を恢復する考えであるが、貴公は彼の用人となってその側近に侍り、我々とレンラクしてもらいたい」
そこで妙椿の用人にスイセンしてくれた。主人を押しのけて所領を奪うほどの妙椿には、内外の敵と戦う用意が必要で、たのみになる側近が何より欲しいところだ。
見るからに鋭敏そうな才子。しかし絵の中からぬけでたような好男子で、いわゆる白皙の容貌。詩人哲人然たる清潔さが漂っている。学識は南陽房の兄貴分だという。妙椿は一目見て惚れこんだ。そして、たちまち重用するに至ったのである。
長井は家柄のせいで反妙椿派の頭目と仰がれているが、とうてい妙椿に対抗しうる器量ではなく、彼が陰謀を画策して味方を集めしきりに実行をあせっていることは、味方の者にも次第に危ぶまれるようになりつつあった。
彼らは長井に一味したことを後悔しはじめていた。彼のためにやがて彼らも破滅にみちびかれることを怖れるようになっていたのだ。妙椿の勢力は時とともに堅くなりつつある。彼らは長井にたよるよりも、今さら長井を重荷に感じはじめていたのである。その重荷から無事に解放してくれる者は救世主にすら見えるかも知れない内情だった。
庄五郎は妙椿の信用がもはやゆるぎないことを見たので、いかにも神妙に長井の陰謀を告白した。
「この約束をしなければ仕官ができませんので
前へ
次へ
全16ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング