所有した兵力は千かせいぜい千五百だ。美濃には万をこす精鋭がそろっているのだ。もっとも、兵力の問題ではない。人情などは、オックウだ。援軍などは、よけいなことだ。
「小僧め。ひどい苦労をして、大汗かいているじゃないか。、無理なことをしたがる小僧だ」
道三は苦笑したが、さすがにバカヤローのやることは、バカヤローらしく快いと小気味よく思った。
道三は信長を自分の陣の近所へ寄せつけなかった。味方の家来もずッと後へひきさげた。
道三は鶴山を降り、長良川の河原へでて陣をしいた。身のまわりに自分のわずかな親兵だけひきつれて、一番前へ陣どったのだ。
「鉄砲の道三が、鉄砲ごと城をとられては、戦争らしく戦争をする気持にならないわさ」
道三は笑って云った。
「お手本にある戦争を見せてやることができないのは残念だが、悪党の死にッぷりを見せてやろう」
そして家来と別れる時にこう云った。
「今日は戦争をしないのだから、オレは負けやしないぜ。ただ死ぬだけだ」
道三はヨロイ、カブトの上に矢留めのホロをかぶって、河原の一番前に床几をださせてドッカと腰かけた。
敵の先陣は竹腰道塵兵六百。河を渡って斬りかかったが、敵方に斬り負け、道三は道塵を斬りすてて、血刀ふりさげて床几に腰かけ、ホロをゆすって笑った。
つづいて敵の本隊が河を渡ってウンカのように突撃し、黒雲のような敵の中で道三はズタズタに斬られていた。
底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第三一巻第八号」
1953(昭和28)年6月1日発行
初出:「文藝春秋 第三一巻第八号」
1953(昭和28)年6月1日発行
入力:tatsuki
校正:藤原朔也
2008年4月15日作成
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