。すると信長は、
「デアルカ」
 と云って柱からはなれ、シキイの内へはいって、それからテイネイに挨拶した。
 ただちに別室で舅と聟の差向い。堀田道空の給仕で、盃ごとをすませ、湯漬けをたべる。二人は一言も喋らなかった。
 道三は急に不キゲンになった。毒を食ったような顔になって、
「また、会おう」
 スッと立って部屋をでてしまった。

          ★

 世間へもれた会見の様子はこれだった。
 ところが、この日を境いにして、道三と信長はその魂から結び合っていたのである。
 信長が正徳寺の会見から帰城すると、その留守中を見すまして、亡父の腹心山口がムホンし、しきりに陣地を構築中であった。
 つづいて多くの裏切りやムホンが起った。彼らは道三が大バカヤローの聟に見切りをつけて、バカの領地は遠からず道三の手中に帰するだろうと考えたのである。
 ところがアベコベだ。彼らがムホンする。兵力の少い信長はほとんど全軍をひきつれて討伐にでなければならない。すると道三が部下に命じて兵をださせ、信長の留守の城を守ってくれるのであった。
 その援兵は、もし欲すれば、いつまでも留守城を占領することができた。そして、信長を亡し、所領を奪うことができたのである。
 信長はそれを心配したことがなかった。いつもガラあきの城を明け渡して戦争にでかけるのだ。しかし、信長の敵たちはまだ道三の心を疑っていた。そんな筈は有りッこないと思ったのである。今に信長はやられるだろうと考えていた。一年たち、二年たった。信長はやられない。
 人々は仕方なしに大悪党のマゴコロを信じなければならなくなった。薄気味わるくなってきた。やられるのは信長ではなくて、信長の敵の自分たちかも知れないと感じるようになったのである。ウッカリ信長に手出しができなくなってしまった。失われた信長の兵力は少しずつ恢復しはじめた。

          ★

 義龍にライ病の症状が現れた。
「六尺五寸のバカでライ病。取り柄がないな」
 道三は苦りきった。
 義龍はひそかに自分の腹心を養成し、また寄せ集めた。マジメで、行いが正しくて、学を好み、臣下を愛した。全てが道三のやらないことであった。
「六尺五寸もあって、それで人前で屁をたれることも知らないバカだ」
 道三の毒舌は人々を納得させるよりも、むしろ人々を義龍に近づけ彼らの団結を強くさせる役に立っ
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