。その疲労から私は彼等の空腹をはつきり認めることができたのである。
 その一日私の心は時々秋子が気懸りであつた。その姿は中枢神経にギックリひびく恐怖の一種で有りやうは恋情のたぐひであらうか? 然し激越なものではなかつた。チラと現れ淡く消え去る微細な心の波動であつたが、その発作がすぎたあとでは三千代のことが、恰も忘れた遠い故郷を思ふがやうに、暮れやうとする海洋のむなしい広さで心に流れてくるのであつた。さうして私の心では、喜びや休息の一片の予期すらなく、ただ暮れかかる海洋にまぢらうとする切ない放心にとりまかれながら、三千代を訪れる決意を反芻しつづけてゐたのだ。
 私は三千代のことをぼんやりと思ひめぐらしてゐる自分に気付き、ふど我に返つて慌てながら訪客に言つた。
「だうぞ、まあおあがり下さい。一緒に夕飯でも食ひませう。親父はどこをうろついてゐるのだらう? あいつときたら年中自分のほんとの姿と大違ひの自分の姿を考へてゐるのですよ。ふだんは何もやれもしないが、愈々せつぱつまると三原山へ飛びこむ奴の無茶さかげんと同んなじ意気で、年中考へてゐた嘘の自分を実行しはじめる。結局我々の中途半端な生活ではそ
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