ころにも在つたのか! それにしても、どの奥深い襞の中に今まで隠れてゐたのだらう! どうにも遠い夢のやうな気持がするが……
 私は実際この想念がさては私の本心だつたかと一時改めて考へてみたりしたのだつた。さう思ふほかに、あの時としては恰好のつかない状態でもあつた。私は夜もすがらまんぢりともせず、この想念の実行に頭をめぐらしはじめたのだ。
 そこでこの思ひがけない想念とは?……私は暫くそれを言ふまい。私に対してそれが唐突であつたやうに、敢て読者にも唐突たらしめやうとするわけではないが、実は私の全く一片の気まぐれな悪戯心から、愈々私が二千円を投げだす時まで、この説明を一時あづかることとする。幸ひに諒されよ。

 叔父はそれから数日の後、例の放浪に出立した。出立間もなく私と蕗子に宛て旅の第一信が訪れたこと、これを遺書と読み誤つて蕗子が私を訪れたこと、蕗子に万座行きをすすめたこと、それらは已に冒頭に述べておいた通りである。
 話は元へ戻る。私は蕗子をその家に送りとどけ、ある大切な約束を果すために横浜へ向けて走りはじめてゐたのである。
 私は前に、この約束を果すためには多少の準備が必要であつて、そ
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