衛といふ姓名ではありません。
 明治大正の頃は知る人もあつたでせうが、今日となつては変名の必要もないかも知れぬ。けれども一時はともかく若干政界に名前の通つた人物であり、累の及ぶことを憚り変名を用ひたまでゞ、本当の姓は、加茂に類する古い姓の一つです。私が古い姓氏だの部名に就ていくらかでも知識のあるのはこの人の伝記を依頼せられて調べたことに由来し、実際この人の郷里に残る字の名や氏神などに氏族の伝統を語る名残りが歴然と有り、茫々二千年三千年、私もいさゝか感慨があつた。尤も人間誰しも類人猿以来の古い歴史があるのですが。それで変名を用ひるに当つても、之にこだはる思ひが残つて、加茂族の加茂を借用に及びいさゝか懐古の感慨を満した次第です。したがつて、人物の変名につれ、町村山河の名も仮名ですが、天地は玄の又玄、物の名の如きは問題ではないといふ、之は大体加茂五郎兵衛の思想でもありました。
 尤も加茂五郎兵衛は決して大政治家ではありません。今で申せば政務次官ぐらゐのところで政界と縁を切りましたが、このときは大変な騒ぎであつた。
 時の内閣に大命が降るに就ては裏に事情があつて、その代り之々のことを実現してく
前へ 次へ
全16ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング