から始めた道楽で、古代の氏族制度などから、ちかごろでは民族学のやうなことに凝りだしてゐるのであつた。
信子は草骨の家に寄宿してゐた。
草骨夫妻には子供がない。変つた夫婦で、信子をお人形のやうに可愛がり、信子の寝台のカバーのために京都までキレを探しに行つたり、自分達はこはれかけた安家具で平気で生活してゐるくせに、信子の居間と客間のために北京から家具を取り寄せてやつたり、西陣へテーブルクロースを注文したり、ずゐぶん大金を投じたものだ。そのくせ、さほどのお金持ではないさうで、地方の旧家の出であるが、田畑も売りつくし、いくらかの小金があるばかり、死ねばいらない金だからと云つて、信子の部屋を飾るために大半投じたといふ話であつた。信子はこの美しい居間で、暇々に、草骨の蔵書整理をやり、目録をつくつてゐた。だから信子の居間には、凡そこの居間に不似合ひな百冊ほどの古風な本が、いつも積まれてゐるのであつた。
信子は二十六になつてゐた。谷村が信子を知つたのは、まだ二十のあどけない時だつた。それから数年、さのみ近しい交りもないが、そのくせ会へば至極隔意なく話のできるのは、二人の気質的なものがあるらしい。信子は時に高価な洋酒などを御馳走してくれることがあつたが、谷村がわざとからかひ半分に、信ちやんはずゐぶんお金持なんだね。金の蔓はどこにあるのだらうね、とあらはに下卑た質問をあびせても、怒らなかつた。もとより返事もしないが、どんな風な様子でもなかつたのである。
谷村はずゐぶんズケ/\と信子に話しかけたものだ。
「あんまり美しすぎて誰も口説いてくれないといふ麗人の場合があるさうだけど、信ちやんなんかも、その口かい? でも、ずゐぶん、口説かれたことだらうね。どんな風な口説き方がお気に召すのか、参考までに教へてくれないかね」
「プレゼントするのよ。古今東西」
「あゝ、なるほど。すると、うれしい?」
信子は答へなかつた。
谷村は常に、あどけない少女のやうに信子を扱つてきた。事実なかば気質的に、さう思ひこんでゐる一面がある。そのくせ信子を妖女あつかひに、ズケ/\と下卑た質問もするのだが、気質的に少女あつかひにしてゐる面があるものだから、それで救はれてゐるものらしい。
信子は先天的に無貞操な女だと何か定説のやうなものが流布してゐた。そのなかで、岡本の呪咀の言葉は特別めざましく谷村の頭に焼きつ
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