歴史を知る。けれども、史料の記載を外れた部分は全てこれ屋久島の神代杉で、神ならぬ身の知る由もない。
戦国時代の英雄に就ては之を記した史料があるが、大衆は何事を考えていたか、否、英雄達すら史料の外れた場所で何事を考え何事を為していたか、全てこれ屋久島の神代杉で、創作を是とする外に法はない。
現代も亦歴史の一つで我々は現代に就て決して万能の鏡ではなく、我々の周辺には屋久島の神代杉が無数にあり、詮ずれば、一個のドグマを信ずる外に法がない。さりとて、屋久島へ旅行して神代杉の密林を突きとめることは、文学の仕事ではないのだ。戦争という現実が如何程強烈であっても、それを知ることが文学ではなく、文学は個性的なものであり、常に現実の創造であることに変りはないと思われる。屋久島が神代杉の密林でなくても構わないことがありうるのである。
[#地付き]『東京新聞』昭19[#「19」は縦中横]・2・8



底本:「坂口安吾選集 第十巻エッセイ1」講談社
   1982(昭和57)年8月12日第1刷発行
底本の親本:「東京新聞」
   1944(昭和19)年2月8日
初出:「東京新聞」
   1944(昭和19)
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