「カッとして、どうも失礼なことを申しました。ここではなんですから、どこかそのへんで静かに話を致そうじゃござんせんか」
 トオサンがこう誘うと、小坂信二はだまってその後について出て行きました。二人は喫茶店で話をしたそうです。もっとも話をしたのはもっぱらトオサンの方だけで、小夜子サンが間男だの心中だのやらかしたのはたしかに怪しからんことではあるが、そもそも夫婦の愛情にヒビのできたのが原因で、責任の一半は亭主の方にもあるのだから、手荒な叱責なぞ加えずに、むしろこれを機会に温い夫婦愛をつくりだすように努力してほしい。禍転じて福となす心得がこういう時には特に大切なものだ。禍を禍だけで終らせるのは人間のとるべき手段じゃないというようなことを力説したもののようです。小坂信二はトオサンに喋るだけ喋らせておいて、最後に一言、
「どうも、御苦労」
 と云って、立ち去ったそうです。あのバカ野郎にしては出来すぎた一言だと云って、トオサンは甚だ口惜しがっていました。

          ★

 生きかえったセラダは二十日あまり姿を見せませんでしたが、これは米軍だか米国の役人だかの取調べをうけていたのだというこ
前へ 次へ
全73ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング