はだいたいこんな次第でしたが、小夜子サンにとっては、これでも相当に深刻な衝撃でした。というのは、小夜子サンがセラダと熱海心中を決行したのはその翌日の出来事で、昏睡中のウワゴトにセラダの名を一度も叫ばず、ただトオサン、トオサンと思いだしたように口走っていたというのです。宿屋の番頭や女中はセラダのアダ名がトオサンと云うのだろうと思いました。トオニイ・タアニイというのもいますから、トオサンという二世がいてもフシギはないと思ったらしいです。熱海の赤新聞にはトオサンなる二世、とでていた由でした。トオサン、トオサンと二世の名をよびつづけ――と記事にでているものですから、この記事を発見した日野は理解に苦しみ、とにかくいそいでポケットの中へねじこみました。八千代サンがこれを読むとモーレツなヒステリーを起すに相違なく、かくてはわが身にも被害が及ぶと見てとったからでした。
 しかしこの記事を見せられたトオサンの感激は絶大なるものがありました。人目がなければまさに新聞を押しいただいたに相違ありません。
 小夜子サンを東京へ連れて戻ったトオサンは、ウチへ当分かくまうことにしました。そのころウチにはナギナタ二段
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