のツナガリを看破される心配はない様子でした。
しかし法本も金につまっていたのです。一年の大晦日もせまってきましたし、多少の危険はあるにしても、ノンビリしてはいられません。しらべてみると、セラダは週末ごとに小夜子サンと熱海へ行っているのです。
法本一行は土曜日に熱海へ行って泊りました。そこからはセラダの動静を見ることができます。
セラダにとっては運がわるかったのです。その日曜に熱海の旅館で小夜子サンが病気になったのです。いつもなら宿でも道でも二人そろっていないことはなかったのですが、小夜子サンが病気とあっては仕方がありません。セラダが自動車で病人用の買い物にでかけたのです。
悪いことには夕方でした。
買い物の途中、セラダを呼びとめたのは法本です。腹心も一人いました。彼らは久闊を叙し、一しょにセラダの車にのりました。セラダの宿へ行くためにです。セラダは彼らを疑っていませんでした。彼らが半分半分の分け前をとりにくるのは当然で、どうしてとりにこないのかとフシギがっていたほどですから。
しかしセラダの車は宿へ行かずに来の宮から十国峠の方へ登って行きました。その車からやや離れてもう一台の自動車が走っているのは、それが法本一味の自動車です。セラダは自分の車の中で法本とも一人の人物にピストルで脅迫されて渋々云うままに運転せざるを得なかったのです。
セラダはそのポケットのピストルとアパートのカギをとられました。次にちょうどよろしいあたりで頭をうたれて死に、法本は自分のピストルにセラダの指紋をつけて車中に投げすて、ハンドルをきって車は屍体をのせたまゝ谷底へすべり落ちてしまったのです。
そして彼らは自分の車にのりこんで、いったん熱海へ戻ってから東京へ戻りました。その夜のうちに、セラダのアパートの現金はどこかへ運び去られてしまったのでした。セラダの車は翌日発見されて、セラダの経歴が分ってのちに一応自殺として事件は打ち切りとなったのです。
セラダの死後、小夜子サンは出頭を命ぜられてMPの取調べをうけました。
それはセラダの自殺についてではなく、セラダの過去のある重大らしき犯罪についてでした。その犯罪についてセラダが何か彼女にもらしたことがないかと取調べをうけたわけです。彼女は明瞭にナイと答えました。すると取調べは簡単で、すぐカンベンしてくれたのです。彼女はさきに熱海署でセラダの車中にころがっていたピストルが彼のものかという質問をうけたことがありました。ピストルなぞはよく見たことがなかったのですが、それでも一見して違うように思われたのですが、面倒になるとうるさいので、ピストルなぞは一度も見たことがなかったのですと答えてごまかしてきたのでした。したがって彼の自殺説に甚しく反対だったのですが、彼の過去の犯罪がよほど米軍にとって重大らしいのを確認して、それではやっぱり自殺かなと思い直してしまったのです。
この事件のカギを握るのは日野だけですが、彼は小夜子サンとはアベコベに、セラダの自殺説が確定した時に、たぶんそうだろうと思ったのです。
お金が山とあっても死にたい時に人は死にます。ことにセラダは何かによって死の崖へ追いつめられていた様子ですから、あの人柄ではいつ何時プイと死んでも別に変哲もないことに思われただけのことでした。
あのバカも死んだかと思いました。ギャングの金のつきるまでお酒をのませてもらえるタノシミが減ったのは遺恨でした。オレに残りの金をくれて死ねばよいのに、気のきかねえ野郎だとぼやいたのです。しかし小夜子サンに残してやった様子もないのでちょッと変だなと思いましたが、あのバカにはマゴコロからの惚れたハレたが皆目ないのは確かですから、むしろこれもサバサバして風流にかなうオモムキもあり、またこれでオレも小夜子サンにヤキモチやいて金銭の恨みを結び、時に悪夢にうなされる心配もなくて安心だと考えたりしたのです。
しかし思えば思うほど残念でたまらないのは、オレにもいくらかくれねえかなアとノドから手と声が一しょに出かかったのが何度もあったにも拘らず、奴めの妙に純粋らしい超特級の友情の手前、それがどうしても云えなかった一事でした。彼は生れてはじめて友情を裏切らなかったのかも知れませんが、これには後々まで後悔に後悔を重ねたのです。
底本:「坂口安吾全集 15」筑摩書房
1999(平成11)年10月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第五一巻第九号」
1954(昭和29)年9月1日発行
初出:「新潮 第五一巻第九号」
1954(昭和29)年9月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2006年9月22日作成
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