だ、わるい奴だ、と自分を責めつづけていましたし、小夜子サンの病気中も、オレがわるい、オレがわるいと自分自身を叱りながら小夜子サンの足をもみ、額の汗をふいてやり、一時も休まずに身も心も使っていたのです。
小夜子サンは熱につかれてウトウトし、ふと目がさめると、いつもそこにトオサンがいるので、うれしく思いました。いつも真剣にジッとひかえているのです。それはほとんど有りうべからざるような珍しい現象として小夜子サンをたのしませ、ふと目がさめるのがたのしみになったほどですが、あるいは寝ている最中に口笛を吹くと夢の中にトオサンがでてくるのではないかなぞと考え、トオサンと忠犬を混同して考えるような失敬な空想にふけることが多かったのです。
この最中に、東京は東京で異変が起っていたのでした。
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阿久津の店の者たちはトオサンと小夜子サンの行方不明をさほど心配しませんでした。トオサンが苦心と熟慮のあげく小夜子サンをかくまっているのかも知れないねという見方の方が強く、感傷旅行というような考え方はトオサンと恋仇のぼくですらおかしくて考えられないほどでした。
しかし、セラダは怒りました。小夜子サンにジャンジャンチップをやったあげくのドロンですから、胸がおさまらなかったのでしょう。
その晩、日野が八千代サンをともなって来ていたのです。セラダはこの店ですでに何回も八千代サンを見かけその素姓も知っていたのですが、小夜子サンというものがあるのですから、ヒロポン中毒のチンピラ女流詩人にはハナもひッかけなかった次第です。
しかるにこの晩見直してみると、なかなか可愛い娘です。全然ミナリをかまわない娘ですから見るからにヤボな女学生姿ですが、それだけに磨けば光る麗質はむきだしに目をうち、磨いた場合の想像であれこれ逞しく色気を味うことができました。
彼はサントリーのハイボールを二ツ持って日野と八千代サンのテーブルへわりこみました。ウチは座敷のほかにテーブル席も、スタンドもあるのです。といっても極めてチッポケな店で、ナワノレンに毛の生えた程度、その毛もなるべく過少に考えた方がマチガイが少いでしょう。セラダは八千代サンにハイボールを献じましたが日野にはやりません。遠慮なく彼女の左手を握って、
「ネ、八千代サン。のんで下さい。ワタクシ、アナタ、好きです」
八千代サンもセラダに劣ら
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