ョンはやや荒ッぽくなっていました。前とはちがって、やたらにピストルを見せびらかして仕様がないのです。持ち金もつきていますし、運命もつきかけてると見ているらしく、ピストルのいじり方にも昔とちがって稚拙なところがありません。彼の手中のピストルの威力がなんとなく充実して感ぜられ、我々はうッかりしたことが云えないような甚だ心細い気分に襲われて弱りました。トオサンは、
「どうだい。小夜子サンに当分のうち身を隠してもらおうじゃないか。物理の先生の硫酸だって無用の心配とは限らないのだし、セラダの奴、今度はまかりまちがえばドスンと一発、つづいてまた一発、無理心中だぜ。もう熱海とは限らないよ。この店の中でだってやりかねやしないよ」
「そうですねえ。差し当って、どこへ隠れてもらいますか」
「それなんだよ。旅館というわけにはいかないし、なんしろあの美人のことだ、どこへ行っても人目に立つからなア」
 美人の隠し場は少いものです。特にトオサンにはいとしくてたまらない女のことだし、ぼくにだってそれは全く同じことです。男のところへは心配であずけられない。世間は広いようでも小夜子サンを安心してあずけることができるような女の心当りは探してみるとないもので、実に弱りました。トオサンはそれとなく小夜子サンにも当ってみて、
「一時身を隠してみては」
「御心配はうれしいんですけど、私、まだ、なんとなくヤブレカブレよ。熱海でアドルムのんだことだって、もう後悔もしていないんです。ピストルでズドンと無理心中なんて、考えても感じ良くは思いませんが、なんとかなるような気もするし、なんとかできない場合にはそれまでということになっても構やしないやという気分もあるんです。心配しないでちょうだいね」
 変にサバサバしているのです。それが、どうも、無理にしているようなところがミジンもなくて、明るくホガラカにサバサバしているのですから、手がつけられない気分にさせられてしまうのです。
 トオサンやぼくたちのこの気分に目をつけたのは法本でした。奴めも商売を忘れることのない人物ですから、セラダに利用価値がありと見ているうちはセラダの女を失敬するような青くさいことはしッこないのですが、法本だって木石ではありませんから、かほどの麗人に心の動かぬ道理はありません。
 セラダの命数も、彼の計画によれば、一ヶ月とは持たないはずになっていたのです
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