一同は驚いた。
鬼光は蒼白となって脂汗をしたたらせガタガタふるえだした。
そのとき、
「これこれ。もはや試合には及ばぬぞ。そッちの大男も、もう、ふるえるには及ばぬ。さても驚き入ったる手の中」
と声をかけて現れたのは、遠乗りに来かかって一部始終を見とどけた家老であった。
石川淳八郎の代稽古、米屋のアンニャを苦もなくひねッているから、これ以上腕ダメシの必要はない。さッそくお城へ連れ帰って、殿様に披露する。
腕達者の若侍を十名一時にかからせてみると、ヒカリモノの気配から六七寸だけ背中を離して、あっちへ逃げ、こっちへ逃げているうちに、一人ずつノバされてしまった。殿様はことごとく感心して百石で召抱える。
家老は鼻介をよんで、
「鼻介流元祖というのは威厳がないな」
「それじゃア、イダ天流といきましょうや」
「ウム。飛燕流小太刀の元祖。これだな。これにしろ」
「あッしゃア、何でもようがすよ」
「姓名は江戸にちなみ、飛燕の岸柳にちなんで、武蔵鼻之介はどうだ。これが、よかろ」
「エッヘッヘ。武蔵はいけませんや。由利の旦那がオトキの娘のオ君の聟になってオレの分家になってくれろてんで、由利鼻之介でなくちゃアいけねえというワケで。どうも、すみません」
鼻介の奴、オデコを抑えて、ニヤリ、柄になくいくらか赤い顔をした。
底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「オール読物 第六巻第三号」
1951(昭和26)年3月1日発行
初出:「オール読物 第六巻第三号」
1951(昭和26)年3月1日
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年8月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全7ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング