何を出したって何にもならねえよ。つまらねえことをしやがる。こッちはベロをだしてやるから、そう思え」
ピュッと釘を投げる。急所へグサリ。客がそッちを見ているうちに、どうヒモをひいたのか、戸がスルスルとあく。
「戸があいたぜ。帰んな。帰んな」
と、追いだしてしまう。
いかに礼儀知らずの岡ッ引とは云え、重ね重ね無礼千万。これ以上放ッておいては、一人の鼻介に十里四方が征服されたようなもの。そこでアンニャの有志が集合して、
「あの野郎をこのままにしておいては、この村に男が居ねと云われても仕方があるめ。こう言われては、末代までの大恥をかかねばならねもんだ」
「そうらとも。どうしても、いっぺん、くらすけてやらねばならねな」
ということになった。
★
いっぺん、くらすけることになったが、実行の方法がむずかしい。大ボラをふくだけあって多少は腕に覚えがあろうし、江戸で十何年もいた奴はどういう狡智悪計にたけているか知れない。
近郷近在のアンニャのうちで、衆評一致した豪の者は、草相撲の横綱鬼光、これは強い。六尺三寸、三十八貫、江戸の大関でもあの野郎の鉄砲一発くわせたら危ねえもんだわと若い者をほめたがらない古老が言うほどであるから、推して知るべし。歯が立つ者がないばかりか、奴めにふりとばされると柱の中辺よりも高いところへ叩きつけられて肋骨を折った者もあるし、腰車にかけられてイヤというほど土に頭を叩きつけられて目をまわして息はふき返したが薄馬鹿になったという者もある。押しつぶされて足の骨を折った者もあるし、たった一発の鉄砲で仰向けに五間もふッとんで目をまわしたものは無数であるから、鬼光の鉄砲は封じてあるが、どだい相撲を封じなければ怪我人は絶えない。今では進んで鬼光に勝負を挑む者は一人もいなくなった。これに次ぐ豪の者といえば行々寺の海坊主。坊主には相違ないが、まったく海坊主のような化け者坊主で、名題の山男。熊でもムジナでも叩き殺して食ってしまうという実に大変な奴で、時々荒行と称して山にこもるのは、この味が忘れられないせいだ。
町の者では米屋のアンニャが、米屋ながらも真庭念流の使い手で、石川淳八郎の代稽古、若ザムライに稽古をつけてやるという達人だ。もう一人、町火消の飛作というのが喧嘩の名人、町奴を気取って肩で風を切って歩いている。以上の四人は万人の許す強い者、
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