をするのだか、その正体はわからない。そこで馬吉の家族は倅のことを「オラトコのキンカの野郎が」という。そこで村の人々は「ンナトコのキンカの野郎が」と云うわけで、今は彼の本名を誰も呼ばなくなったし知らなくなったが、名というものは間違いなく当人を指すのが一ツあればそのほかの物は無用にきまったものだ。
 キンカの野郎のヨメ、つまりアネサがオシンであるが、村の者はこのアネサも本名では呼ぶことがない。アネサが子供のときは男ジャベとよばれたが、今は熊ジャベと云うのである。ジャベは女のこと。つまり幼少の時はオトコオンナとよばれたが、今では熊オンナとよばれているというワケだ。現代では女ターザンと云うところだろう。飜訳にヒマがかかって仕様がない。
 熊ジャベとよばれる通り、大そうふとっている。五尺六寸、二十六貫ぐらいなのだが、女のことだから、六尺、五十貫ぐらいに見える。しかし、顔は案外キリリとして、眉毛は毛虫の如く、眼光鷲の如くに鋭く、口は大きくへの字にグイと曲っている。人相の悪いアンコ型の角力《すもう》取りと思えばマチガイない。
 米俵を片手に一俵ずつ、二俵ぶらさげて歩くのはなんでもない。角力取りのアン
前へ 次へ
全31ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング