う気品と才気がこもり、大そうおだやかで、いつもニコニコしていた。
彼は大そう学があった。町から大工をたのんで、小屋をつぶして、立派な家を新築したが、その出来上るまで、お寺に泊りこんで、坊主に代って、寺小屋へあつまる小僧どもに詩文を教えた。
又、彼には色々の芸があった。
お寺の門に熊蜂が巣をかけている。この巣は直径一尺五寸もあって、子供たちは門を通過するのに一苦労であるが、坊主は至って弱虫で、殺生はいかんぞ、蜂に手をだしてはイカン、ナンマミダブ、ナンマミダブとふるえながら門の下を走って通っている。
「和尚さんは熊蜂を飼っていなさるのかね」
「そうではないが、実は怖しくて十何年というもの手が出ない。これがあるばッかりに、この十年どんなに心細い思いをしているか分らない。ひとつ、なんとかしてくれまいか」
「お安い御用さ」
ホラブンは竹竿を一本もって気軽にでかけようとするから、
「ブンさんや。それは、いかんな。どうも、あんたは、長の江戸ぐらしで、田舎のことには素人らしいな。蜂というものは棒を伝って手もとへ忍んできて、ワッととびかかってチクリとさす。熊蜂にやられると死んでしもう。棒は禁物だから、やめなさい」
「ナニ、大丈夫」
「コレ、ブンさんや。アレ、行っちゃった。こまったな。悪い人にたのんでしまった。オーイ。子供たちはみんなこッちへ来い。本堂の中へあつまれ。顔をだしてはイカンゾ。大変なことになるぞ」
あの大男が熊蜂の総攻撃をうけて、ふくれ上って死んだぶんには、葬式はお手のものでも、棺桶に一苦労しなければならない。お寺の障子をしめきって、細目にあけて、ナンマンダブ、ナンマンダブ、ふるえながらのぞいていると、ホラブンは何の構えもなくノコノコと門の下へ行って、棒をつきだして、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
浜の漁師がイワシ網をあげているような至ってノンキなカケ声をかけながら、チョイ、チョイ、チョイ、と棒の先をふって、たちまち蜂の巣を落してしまった。
熊蜂はワッと真ッ黒にむらがって、門の下一面にまいくるっているが、ホラブンの身体にはフシギにたからぬようである。目の前に熊蜂がワンワンむらがるのに彼はちッとも気にとめず、
「チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ。チョーセイ」
チョイ、チョイ、チョイと、棒の先で蜂の巣をころがすこと五十|米《メートル》あま
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