かせて何百年も住めないようにしてくれるから、そう思え」
「ワー。オモッシェ[#「オモッシェ」に傍点]なア」
 というのは、ワー、オモシロイナア、ということである。舌のまわらない子供じゃなくて、オヤジどもが喋っているレッキとした大人の言葉なのである。
「こう言われると後へはひかれないから、奴が山犬をしずめにゆく。それをみて段九郎が山犬をケシかけるから、たちまち十匹の山犬がホラブンにとびかかって、ところきらわず噛みついてしもう。いい加減のところで段九郎が山犬をしずめてくれるから、ホラブンの奴め、一命は助かるけれども、全身血だらけの重傷はまぬがれないな。これで奴めは、顔向けができないから、家をたたんで、夜逃げをしてしもう」
「そうだ。そうだ。それが、いッち、いいがんだ」
 と、皆々大そう喜んだ。
 祭礼がきたので、長兵衛は自ら段九郎のもとへ赴いて、密々に相談する。段九郎が快くひきうけてくれたから、例を破って神社の裏の藪へ非人小屋をかけさせて、前夜には、酒や米を存分にふるまってやった。
 当日は秋ばれの一天雲もない好天気。田は上々のミノリであるから、あとはトリイレを待つばかり、心にかかる雲もない近郷近在の農民がドッと祭礼へおし出してくる。
 この諏訪神社の祭礼には、ミコの舞いもあるが、近郷八ヶ町村の中から、年々良家の美童一人を選んで、祭神の化身にたて、多くのミコにかしずかれて稚子舞いをやる、これが名物。今年の稚子はどんなに可愛いだろうと、遠近から参詣人があつまってくる。老婆連は本当に祭神の化身と信じて、ありがたや、もッたいなや、ナンマンダブ、ナンマンダブと拝んでいる。
 ドン、ドドオンと大太鼓が鳴りだしたから、さア、いよいよオ稚子サマが現れるぞ、というので、人々は舞台のまわりにひしめいて待ちかまえるところへ、
「キァーッ。助けてくれえ」
「オラ、ダメられーキャッ。オラ死ぬれねー」
「助けてくんなれやア。犬がオラこと、ぼッたくッてくるれねー。どうしたもんだてバア」
 などゝ、大変な騒ぎになった。万事予定通りに、うまく運んで、長兵衛は段九郎の手をひッぱって、ホラブンのところへ駈けつけて、
「ヤイ。ホラブン。キサマ日頃大きなことをぬかしてけつかッたが、今日こそ広言通りの手並を見せてもらわねばならんぞ。キサマあの山犬をしずめてしまえ。今になって、できませんとぬかしたぶんには、キサマ
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