かくやがて壕生活も板につけば忽ち悠々たる日常性をとりもどしてしまふ。爆撃中は縮みあがるが、喉元すぎれば忽ち忘れる。私の隣組には幼児や老人達がたくさんゐるが、物資の不足といふ一点をのぞけば爆撃に対しては不感症の如く洒々《しやあしやあ》としてゐる。この隣組は工場地帯にあり他地域に比して遥かに多くの爆撃を受けてきた。そして却つて落着いたといふ有様である。
 日本の都市は建築物に関する限り欧洲と比較にならぬ爆撃被害を蒙るけれども、国民の楽天性はとてもアメリカの爆弾だけでは手に負へまい。私は焼跡の中からそれを痛感し、アメリカの探偵小説の要領ではこの楽天性を刺殺できまいといふことを微笑と共に痛感してゐるのである。



底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
   1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「東京新聞 一〇四四号」
   1945(昭和20)年8月12日
初出:「東京新聞 一〇四四号」
   1945(昭和20)年8月12日
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2008年9月16日作成
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