きいような気がするな」
 あんまり怖ろしいものを見てしまったとオレは思った。こんな物を見ておいて、この先なにを支えに仕事をつづけて行けるだろうかとオレは嘆かずにいられなかった。
 二度目の袋を背負って戻ると、ヒメの頬も目もかがやきに燃えてオレを迎えた。ヒメはオレにニッコリと笑いかけながら小さく叫んだ。
「すばらしい!」
 ヒメは指して云った。
「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなくなったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」
 ヒメの目はそこにジッとそそがれていた。まだうごめきやしないかと期待しているのかも知れなかった。
 オレはヒメの言葉をきいているうちに汗がジットリ浮んできた。怖れとも悲しみともつかない大きなものがこみあげて、オレはどうしてよいのか分らなくなってしまった。オレの胸にカタマリがつかえて、ただハアハアとあえいだ。
 そのときヒメの冴えわたる声がオレによびかけた。
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