オレが負けたせいかも知れない。そして、オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山《ノリクラヤマ》が後々まで強くしみて残ってしまった。
 アナマロはオレを長者にひき合せて、
「これが耳男《ミミオ》でございます。若いながらも師の骨法をすべて会得し、さらに独自の工夫も編みだしたほどの師匠まさりで、青ガサやフル釜と技を競ってオクレをとるとは思われぬと師が口をきわめてほめたたえたほどのタクミであります」
 意外にも殊勝なことを言った。すると長者はうなずいたが、
「なるほど、大きな耳だ」
 オレの耳を一心に見つめた。そして、また云った。
「大耳は下へ垂れがちなものだが、この耳は上へ立ち、頭よりも高くのびている。兎の耳のようだ。しかし、顔相は、馬だな」
 オレの頭に血がさかまいた。オレは人々に耳のことを言われた時ほど逆上し、混乱することはない。いかな勇気も決心も、この混乱をふせぐことができないのだ。すべての血が上体にあがり、たちまち汗がしたたった。それはいつものことではあるが、この日の汗はたぐいのないものだった。ヒタイも、耳のまわりも、クビ筋も、一時に滝のように汗があふれ
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