う?」
 ヒメの目がいつもにくらべて輝きが深いようでもあった。ヒメは云った。
「バケモノのホコラへ拝みにきて、ホコラの前でキリキリ舞いをして、ホコラにとりすがって死んだお婆さんを見たのよ」
 オレは云ってやった。
「あのバケモノの奴も今度の疫病神は睨み返すことができませんでしたかい」
 ヒメはそれにとりあわず、静かにこう命じた。
「耳男よ。裏の山から蛇をとっておいで。大きな袋にいっぱい」
 こう命じたが、オレはヒメに命じられては否応もない。黙って意のままに動くことしかできないのだ。その蛇で何をするつもりだろうという疑いも、ヒメが立去ってからでないとオレの頭に浮かばなかった。
 オレは裏の山にわけこんで、あまたの蛇をとった。去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレはこの山で蛇をとったが、となつかしんだが、そのときオレはふと気がついた。
 去年の今ごろも、そのまた前の年の今ごろも、オレが蛇とりにこの山をうろついていたのは、ヒメの笑顔に押されてひるむ心をかきたてようと悪戦苦闘しながらであった。ヒメの笑顔に押されたときには、オレの造りかけのバケモノが腑抜けのように見えた。ノミの跡の全てが
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