い当る言葉である。この笑顔に対しては、長者も施す術がないのであろう。ムリもないとオレは思った。
 人の祝う元日に、ためらう色もなくわが家の一隅に火をかけたこの笑顔は、地獄の火も怖れなければ、血の池も怖れることがなかろう。ましてオレが造ったバケモノなぞは、この笑顔が七ツ八ツのころのママゴト道具のたぐいであろう。
「珍しいミロクの像をありがとう。他のものの百層倍、千層倍も、気に入りました」
 というヒメの言葉を思いだすと、オレはその怖ろしさにゾッとすくんだ。
 オレの造ったあのバケモノになんの凄味があるものか。人の心をシンから凍らせるまことの力は一ツもこもっていないのだ。
 本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。
 オレは今に至ってようやくこの笑顔の何たるかをさとったが、三年間の仕事の間、怖ろしい物を造ろうとしていつもヒメの笑顔に押されていたオレは、分らぬながらも心の一部にそれを感じていたのかも知れない。真に怖ろしいものを造るためなら、この笑顔に押されるのは当り前の話であろう。真に怖ろしいものは、この笑顔にまさるものはないの
前へ 次へ
全58ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング