。すると笑いも消えていた。ひどく真剣な顔だった。考え深そうな顔でもあった。なんだ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。すると、ふりむいて、ヒメは物も云わず立ち去ってしまった。
ヒメが立ち去ろうとするとき、オレの目に一粒ずつの大粒の涙がたまっているのに気がついた。
★
それからの足かけ三年というものは、オレの戦いの歴史であった。
オレは小屋にとじこもってノミをふるッていただけだが、オレがノミをふるう力は、オレの目に残るヒメの笑顔に押されつづけていた。オレはそれを押し返すために必死に戦わなければならなかった。
オレがヒメに自然に見とれてしまったことは、オレがどのようにあがいても所詮勝味がないように思われたが、オレは是が非でも押し返して、怖ろしいモノノケの像をつくらなければとあせった。
オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。また、ゴマをたくことから思いついて、オレは松ヤニをいぶした。また足のウラの土フマズに火を当てて焼いた。それらはすべてオレの心をふるい起して、襲いかかるように仕事にはげむ
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