エナコに耳を斬り落されても、虫ケラにかまれたようだッて? ほんとうにそう?」
無邪気な明るい笑顔だとオレは思った。オレは大きくうなずいて、
「ほんとうにそうです」と答えた。
「あとでウソだと仰有ッてはダメよ」
「そんなことは言いやしません。虫ケラだと思っているから、死に首も、生き首もマッピラでさア」
ヒメはニッコリうなずいた。ヒメはエナコに向って云った。
「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。虫ケラの歯を貸してあげます。なくなったお母様の形見の品の一ツだけど、耳男の耳をかんだあとではお前にあげます」
ヒメは懐剣をとって侍女に渡した。侍女はそれをささげてエナコの前に差出した。
オレはエナコがよもやそれを受けとるとは考えていなかった。斧でクビを斬る代りにイマシメの縄をきりはらってやったオレの耳を斬る刀だ。
しかし、エナコは受けとった。なるほど、ヒメの与えた刀なら受けとらぬワケにはゆくまいが、よもやそのサヤは払うまいとまたオレは考えた。
可憐なヒメは無邪気にイタズラをたのしんでいる。その明るい笑顔を見るがよい
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