なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だという寺は天下に一ツもない筈だ」
オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくる※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。
「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」
「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだけだ」
アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。
「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ」
道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。
「どうせかなわぬ
前へ
次へ
全58ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング