ら申す通り、お主の一命にかかわることが起るかも知れぬ」
 オレは即座に肚をきめた。斧をぶらさげて立上った。
「お供しましょう」
「これさ」
「ハッハッハ。ふざけちゃアいけませんや。はばかりながら、ヒダのタクミはガキの時から仕事に命を打込むものと叩きこまれているのだ。仕事のほかには命をすてる心当りもないが、腕くらべを怖れて逃げだしたと云われるよりは、そッちの方を選ぼうじゃありませんか」
「長生きすれば、天下のタクミと世にうたわれる名人になる見込みのある奴だが、まだ若いな。一時の恥は、長生きすればそそがれるぞ」
「よけいなことは、もう、よしてくれ。オレはここへ来たときから、生きて帰ることは忘れていたのさ」
 アナマロはあきらめた。すると、にわかに冷淡だった。
「オレにつづいて参れ」
 彼は先に立ってズンズン歩いた。

          ★

 奥の庭へみちびかれた。縁先の土の上にムシロがしかれていた。それがオレの席であった。
 オレと向い合せにエナコが控えていた。後手にいましめられて、じかに土の上に坐っていた。
 オレの跫音《あしおと》をききつけて、エナコは首をあげた。そして、いましめを
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