なほど、夜長の長者は尊い人ですかい。はばかりながら、オレの刻んだ仏像が不足だという寺は天下に一ツもない筈だ」
オレは目もくらみ耳もふさがり、叫びたてるわが姿をトキをつくる※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]のようだと思ったほどだ。アナマロは苦笑した。
「相弟子どもと鎮守のホコラを造るのとはワケがちがうぞ。お前が腕くらべをするのは、お前の師と並んでヒダの三名人とうたわれている青ガサとフル釜だぞ」
「青ガサもフル釜も、親方すらも怖ろしいと思うものか。オレが一心不乱にやれば、オレのイノチがオレの造る寺や仏像に宿るだけだ」
アナマロはあわれんで溜息をもらすような面持であったが、どう思い直してか、オレを親方の代りに長者の邸へ連れていった。
「キサマは仕合せ者だな。キサマの造った品物がオメガネにかなう筈はないが、日本中の男という男がまだ見ぬ恋に胸をこがしている夜長姫サマの御身ちかくで暮すことができるのだからさ。せいぜい仕事を長びかせて、一時も長く逗留の工夫をめぐらすがよい。どうせかなわぬ仕事の工夫はいらぬことだ」
道々、アナマロはこんなことを云ってオレをイラだたせた。
「どうせかなわぬオレを連れて行くことはありますまい」
「そこが虫のカゲンだな。キサマは運のいい奴だ」
オレは旅の途中でアナマロに別れて幾度か立ち帰ろうと思った。しかし、青ガサやフル釜と技を競う名誉がオレを誘惑した。彼らを怖れて逃げたと思われるのが心外であった。オレは自分に云いきかせた。
「一心不乱に、オレのイノチを打ちこんだ仕事をやりとげればそれでいいのだ。目玉がフシアナ同然の奴らのメガネにかなわなくとも、それがなんだ。オレが刻んだ仏像を道のホコラに安置して、その下に穴を掘って、土に埋もれて死ぬだけのことだ」
たしかにオレは生きて帰らぬような悲痛な覚悟を胸にかためていた。つまりは青ガサやフル釜を怖れる心のせいであろう。正直なところ、自信はなかった。
長者の邸へ着いた翌日、アナマロにみちびかれて奥の庭で、長者に会って挨拶した。長者はまるまるとふとり、頬がたるんで、福の神のような恰好の人であった。
かたわらに夜長ヒメがいた。長者の頭にシラガが生えそめたころにようやく生れた一粒種だから、一夜ごとに二握りの黄金を百夜にかけてしぼらせ、したたる露をあつめて産湯をつかわせたと云われていた。その露がしみたた
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