は、いまお前さん方が無法にも人の通行を邪魔してることだ。天下の公道の中にウスとキネの関所があるのは聞いたことがない。もしも、たってさえぎると、お前さん方は法律によって牢にはいることになる。それがタタリというものだ。そのほかにタタリがあったら、お目にかかろう」
助六はこう見栄をきった。そしで荷車をひく人足にきびしく前進の命令を下した。十名あまりの有志の中にたってさえぎる勇者が一人もいなかったので、平吉も涙をのんでウスとキネの侵入を見送らなければならなかった。助六の餅については、その発端からこういう曰くインネンがあったのである。それからもう二十何年も時が流れている。あいにく餅のタタリが現れて助六の杉の木が雷にうたれてさけることもなく、助六のノドに餅がつかえたことすらもないから、平吉の無念の涙はいまだに乾くヒマがなかったのである。そこで平吉は泥棒のおき残した手ヌグイ包みの餅を仏前のタタミの上において、仏壇を伏し拝んで落涙し、ついに御先祖様御一統の加護があらわれたことを感謝したのである。
証拠より論
元日の午《ひる》、村の重立った者が役場に集って、心ばかり新年を祝うことになっていた。平吉は今年の元日に限って朝から一杯キゲン、大そうよい心持だ。午になると、ツリ竿とビクと手ヌグイ包みをぶらさげて、満面に笑をたたえて役場へ急いだ。
「元日から魚ツリですか」
「ハッハッハ」平吉は笑うのみで黙して語らず、期待に胸をワクワクさせて、新年遥拝式の終るのを待った。餅を食ってきたに相違ない助六も、天を怖れる風もなく、列に並んで新年遥拝を終った。
さて祝宴がはじまったとき、平吉はいよいよすッくと立上って、ツリ竿とビクを差上げて、
「さて、皆さん。ただいまワタクシは新年にちなみ、ツリ竿とビクをたずさえてエビス様のマネをしているわけではありません。実はあまり香《かんば》しい話ではありませんが、若干おもしろいところもありますので、新年そうそう皆さんのお耳を汚させていただきます。ワタクシが昨夜夜半にふと目をさましたところ、誰やら庭の池の氷をわっている物音が耳につきました。そこで足音を殺し、シンバリ棒を外し、ガラリと戸をあけて大喝一声いたしましたところ、賊はとる物もとりあえず逃げ去りました。あとに残されたのが、この品々です。魚泥棒がツリ竿とビクをおき残して逃げたのにフシギはありません
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