は遺憾ながら俺の為にはペチシオ・プリンシピイの誤謬を犯してゐる。
 俺の理性が頼れうるものならば――余は酒樽の冠を被り樫の大いなる觴《さかずき》を捧げ奉つて、ロンサルの如くたちどころに神に下落するぞよ。
 ――愛する友よ。君は人間として甚だいたらん男ぢや。酒呑めば酒と化すことを、人間はその誇りとするものぢやよ。まま、ええさ。唄ひかつ踊り、寂しげなる村々を巡礼して悩みを悦びの如く詩にあらはし、一文の喜捨にも往昔の騎士に似て丁重なる礼を返し、落日と共に塒《ねぐら》を求めて山毛欅《ぶな》の杜へ消え去るのも一つの修業方法であるな。旅は人の心を空ッポにするものぢやよ。そのくせひどく感動しやすくなるもんだから、貴公のやうな鈍愚利《どんぐり》でも時あれば泌《し》むやうに酒が恋しくなるかも知れん。ああ! 酒呑まぬ男は猿にかも似てゐると、うまいことを言ふもんだねえ。賢《サカシ》ら人は、いやだねえ。ゲヂゲヂを思はせるよ、君。
 とわが友は暗澹たる顔をさらに深く曇らせてゲヂゲヂを払ふもののやうに觴を振り廻すのだ。わが友は日本にたつた一人の瑜伽行者《ヨーギン》だ。痩せさらぼうて樹下岩窟に苦行し百日千日の断食を
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