ろへ武者振りつくと勢あまつて二人諸共深深と黒い土肌へめり込んでしまつたのです。顔の半ぺたを土にしてフウフウと息をつきながら夢からさめたもののやうにポカンとしてゐるこの周章て者に僕は亦とぎれとぎれに詫を述べ、如何なる必然と偶然の力がかかる結果を招致するに至つたものであるかといふことを順を追ふて説明いたしました。
 ――結局君はこの村に貸間亦は貸家が存在するであらうかといふことを僕にききたかつたんだね。
 と、話してみれば物分りのいい男で、心臓の動悸がやうやくに止つたらしく、こう(顔の半ぺたを土にして)反問するのです。
 ――さうです、何か御心当りがありますかしら。
 と、僕はもうひどくこの周章て者に好意を感じ出してゐたのですが、物のはづみで拾ひあげた大根をなで廻しながらこんな風にきいたのです。するとこの男は僕の言ふことが呑み込めないのでせうか(えて哲人は食物を食べるその理窟さへ分らないものだと言ひますから)怪訝な顔をして、
 ――無いこともないが、かりにあつたとして、君はそれをどうする心算《つもり》なんだ。
 といふのです。
 ――無論僕が住むんですがね。
 ――う、ぶるぶる、止した方がよろしいよ。
 ――何故ですか?
 ――う、ぶるぶるぢやよ。
 と彼は一きは顔色を蒼く鋭くするのです。しかし彼は見かけによらぬ親切な男で、改めて僕を自分の宿(さつき雨戸を蹴倒して出てきたところです)へ案内すると、どうしても君はこの寒い村に居を構えるつもりであるかと尋ね、頑としてさうであると答へると、「尊公も亦呪はれたる灰色ぢやよ」と目を伏せながら、次のやうな笑ふべき物語を語つてきかせたのです。木枯が窓を叩くたびに、う、ぶるぶると震へながら――

[#5字下げ]蒼白なる狂人の独白[#「蒼白なる狂人の独白」は中見出し]

 俺の行く道はいつも茨だ。茨だけれど愉快なんだ。茨よりほかの物を、俺には想像ができなかつたから。

 俺は禁酒を声明した。肉体的、経済的、ならびに味覚的に於てすら、酒そのものが俺にはけして愉快なる存在ではなかつたからだ。無論禁酒を声明した程だから昔は酒を呑んだんだ。あべべい、酒は茨だねえ、不快極る存在ぢやよ、と言ひながら。
 酒は君、偉大なる人間の理性を痺らせるものぢやよ。酒はあぱぱいぢや。汝の明朗なる人間的活動は忽ちにして神の如く曇るぞよ。おそれよ、おそれよ、といふ注告
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