ブッ通したのだ。ヘト/\に疲れて、私など目が廻り、どうにとなれ、もう厭だ、と動く力もなくなつたほどだ。
 私の裏隣りには五〇キロ直撃で、いつぺんに一つの家が火の海になつたが、これを消したのは私の家に同居してゐたタカシ君といふ二十の少年工で、元来は左官職だが、江戸ッ子の職人だから徴用されても会社の規則には服しきれず不平満々、工員としては大いに不良の方だ。ところがイザとなると、まつたくたのもしいもので、燃えあがる猛火のまつたゞ中へ飛びこんで行つた。私らは外からチョボ/\水をかけるぐらゐのものだが、この少年は無我夢中まつたゞ中へとびこんで突く蹴る倒す阿修羅の如く火勢の中心をゆるめてくれたので、四五人でともかくこゝを処理した。それからの二時間、前後左右みんなこの少年の捨身の肉弾突撃によつて私の家は再び焼け残つたのである。
 私の友人に大井広介といふのがあつて、彼の家は新宿御苑の近所にあるのだが、その隣りへ内原訓練所の生徒が上京して合宿してゐた。ところが五月十三日の空襲に、この夜はこの地区は攻撃の主目標を外れてゐたのだが、たつた一機だけがこゝを狙つたのがあり、火の手があがつた。すると内原訓練所の生徒は全員新宿御苑へ逃げこんでしまつて、そのために焼夷弾のうちに消しきれず火事にして十軒ばかり焼けてしまつた。後々隣組の者が内原の生徒をなじつたところが、これに答へて、我々は外に命をすてねばならぬ使命があるから、こんなところで命はすてられない、と昂然と答へたさうだ。盗人にも三分の理とはこのことで、眼前に突きつけられた危急に処して責をつくし得ぬ者は如何なる危急に処してもダメなものだ。田舎の模範少年などゝいふものは口先だけ達者で、規律だけ猿真似で軍人式に達者でも、自我の魂の訓練といふものがない。そこへ行くと、東京の不良少年は日頃は規律に服さず生意気で憎たらしくて自分勝手なことをしてゐるが、いざとなると人のためにわが身を捨てゝかゝるもので、私はこの戦争でつくづく不良少年の良さを知つた。そして、変に規律正しく自分といふものを主張することを知らぬ田舎の模範少年などゝいふのは、最もなさけない人間のイミテーションだといふことを痛感させられたのだ。
 日頃自分の好き嫌ひを主張することもできず、訓練された犬みたいに人の言ふ通りハイ/\と言つてほめられて喜んでゐるやうな模範少年といふ連中は、人間として最も
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