部分のマゼ合わせが同じくて、またマンナカの部分が欠けているのが対照的でそこに何かがあるんじゃないかと思われたせいですね。日記にはそれが正直に情熱的に語られてますね。あなたはこうも見ていますよ。バラバラにしたくせに、二ツ一しょに包むなんて筋道の立たないことをするものだ。そこにワケがありそうだ……」
 新十郎は顔をあげて、いかにもうれしげに楠に笑みかけ、同じ文句をくりかえした。
「バラバラにしたくせに、二ツ一しょに包むなんて筋道が立たないことをするものだ。そこにワケが……ねえ、楠さん。あなたはスバラシイことに気がついたのですよ。ですが、なぜそのワケをもっと追求しなかったのですか」
 楠は恥じて赤面して仕方なしに答えた。
「三ツ目の包みから、左右のマゼ合わせもなく、またマンナカの欠けてる一致も存在してやしなかったからです。早合点で、軽率すぎました」
「そう。左右対照とマンナカの欠けてる一致という点についてだけは、たしかに早合点で、軽率でした。ですが、早合点と判明したのはその二ツだけですよ。バラバラにしながら二ツ合わせて、一包みにするなんて筋道が立たないから、そこにワケがありそうだ、という疑いがあって、そこには確かにいろいろのワケが考えられるではありませんか。あなたは一ツの早合点に気がつくと、にわかに勇気を失ってしまい、他のいろいろのワケをも追求した上で、早合点と判ったものから順に一ツ一ツ取り除いて行くことまで全部やめにしてしまったのですね。せっかくスバラシイ発見から出発しながら」
 新十郎の言葉には、可愛さのあまりに叱るきびしさがこもった。
「さ、これが一ツのヒント。そのあらゆるワケを考えて順に追求して捨てるべき物を棄て取る物を取って進むのが、あなたの新しい出発の一ツ。さて、その次には……」
 新十郎はパラパラ日記の頁をめくって、話につれて一々その箇所を探しだして示しながら語りつづけた。
「魚銀から弁龍和尚の名をきいてまず坊さんを尋ねたのは賢明でした。この坊さんからのキキコミには特に重大なことはないようですが、次に訪れた天心堂以下は次へうつるにしたがって次第に重大そのもののキキコミでしたね。そのキキコミは全部が全部と云ってよいほど意味の深いものでした。あなたはそれを整理して、殺されてバラバラにされたのはトンビの人物、実は加十と結論なさった。まさにそれにマチガイありますまい。しかし、その結論一ツだけでは不足ですね。キキコミはまだまだ多くの暗示に富んでいますよ。その五ツ六ツをザッと列挙しても、次の通りです。天心堂が石松の勘当と加十復帰の噂を耳にしたのは人見角造からであった。この人見は小栗が京子と結婚して平作の新しい秘書になるまでは、彼がその位置におり、才川家の家族の一員として邸内に同居していた。彼が小栗に位置をゆずって、代言人の事務所をひらいて別居したのは三年前です。次には狡智にたけた元番頭の天心堂も加十の居所変名を知らないこと。特に注意すべきは居所ならびに変名ですよ。加十という存在は今や地上になくて、その変名が親類たちにすら知られていないのです。そしてそれはお直の言葉からさらに発展します。そのヨメすらも加十の身分と本名を知らないというのです。ところで、お直がそのあとで語った言葉なんですが、この時のあなたの問いかけには特に深い意味が含まれていなかったようですが、それに対してお直はなんとなく薄気味わるくて妙に真に迫るような返事をしているじゃありませんか。それ。この返事がそれですが、読んでみましょう。加十さんの特徴といえば、そう、そんなのが一つ確かにあるんですが、そしてそれは勘当後に新たにできた特徴で私だけしか知らないものですが、それを申上げるわけにゆきません、ね。お直はこう云ってるのです。私だけしか知らない特徴だと断言してるんです。ただし、それはお直さんがそう思いこんでいることが私たちに分っているというだけで、他人がそれを証明しているワケではありませんがね。とにかくお直さんの言葉は重大なものを暗示していますよ。なんしろ杉代さんの死ぬまでは、加十と杉代の音信の中継所で、おまけに加十の居所を実地に訪ねて会見している唯一の人物ですからね。ところが杉代が死ぬとお直は平作によびよせられて加十との交渉を断つことを命ぜられ、一方、加十からの音信もバッタリ絶えたし、また心配のあまり居所を訪れると、加十は他へ越して行方不明だったそうですね。むろん平作のハカライでしょうが、そこからの結論として一ツ弁《わきま》えておくべきことは、加十の新居と変名は杉代の死後では平作が知っていて、お直は知らないということ。しかし、平作が知ってることは確かだが、その他の誰かが知っていないとは限らない。お直は知らなくなったが、それは他の誰かが知らないという証明にはならない。しかし、確実に知っていると判っているのは平作だけですね。こんな風に確実なものと、可能性のものとをハッキリしておくことは、手順としては大そう大切なことなんですよ。お直のクダリはこれぐらいにして、次は目黒の百姓に化けてタケノコを売りこみに才川家へ赴いた件。これは傑作だな。百姓に化けることはどのタンテイもできますが、こんな風に会話を交すことはできません。あなたには大タンテイの天分があるのです」
 新十郎は日記帳のその会話のクダリを開くと、一寸《ちょっと》一目見ただけで、おかしくて堪らぬ事を思いだすらしく込上げる笑いをせきとめかね、遂にはハンケチを取出して、涙をふく始末だ。平素の彼らしくないフルマイであった。
「目黒にはタケノコを食いたがる天狗がいるんですッて! 実にどうも、あなたという人は……」
 こみあげる笑いの苦しさに、新十郎は両手で胸をシッカと抑えた。
「さて、寺島のトンビの天狗の方ですが、女中の言葉はカンタンながら印象的で、むしろ面白すぎるほどではありませんか。この天狗の習慣は珍ですよ。女中がハナレへタケノコメシを運んで行くと、天狗の先生、毎年決ってトンビをきて黙って坐ってるそうですが、火がないハナレなんでしょうかね。蓋《けだ》しタケノコに対するや、目黒の天狗に負けないぐらい深刻な何かがあるんでしょうか。ですがこの天狗が才川家に於てうける待遇は上等なものではないですね。来る姿も帰る姿も女中にまで問題にされず、女中がタケノコメシをハナレに突ッこんで逃げ去る他には法事のすむ迄彼はただハナレにほッぽりだされているのだそうだから、天狗の身にとっては物騒な話ですよ。ですが、この天狗の話は、女中以外の人々の口からはまだ語られていませんね。然し、それを他の人々に確かめて答を求めるのは不可能でしょう。ところで女中の話では、石松は折ヅメには手をつけずに女の子のところへ持ってッてやるそうですね。寒のうちというのに珍しいタケノコ料理の折ヅメだから貰う方も幾らか印象的でしょう。後日に至って印象を引出す為にはタケノコ料理の折ヅメという存在がなかなか得難い好都合な差し水の役を果してくれる意味があるのですが、それにしても今では時間がたちすぎましたね。あなたがこの報告書を作った時分でしたら、その印象はまだ鮮度を落さず生きていたでしょうに。タケノコ料理の印象なら、まア一ヶ月位の中は死にかけたのを生き返すことができそうだなア」
 楠は顔をやや紅潮させて訊いた。
「すると、その婦人をさがしだして、その日の印象をさぐって、つまり……」
「つまり?」
「それは彼のアリバイの為に?」
「いえ。今はそこまで考えなくともよいのです。石松の場合に於ては、タケノコ料理の折ヅメを自分で食べずに女の子に持ってッてやるという事実が分ったことによって、その女の子を探すこと、また、その女の子にその日のテンマツを折ヅメの印象をたどって訊くことができるという割に有利な事柄が発見されたこと。それに気がつけばよいのです。そして、折角《せっかく》の発見ですから、とにかく確かめてみる実行を知るに至ればよろしいでしょう。タンテイの心得はそれだけのことです。推理を急ぎ、結論を急ぐ必要はないですね。発見を捉える度に、幾らかでも価値のある部分だけは事実を確かめて、そんなコマゴマした事実がタクサン手もとに集って自然に何かの形をなすまで、ほッとくだけでよろしいのですよ」
「分りました。ボクは今からその婦人をさがして訊きだせることを訊きだしたくなりました。もう一度やり直してみたいのです」
 今にも直ちに女を探しにでかけたくてジッとしていられぬ様なもどかしい様子。新十郎はその意気込みに一応軽く頷いてみせたが、
「ですが、そのほかにも発見を捉えて確かめて帳面の隅ッこへ記入しておくべきことは、ないわけではありません」
 楠はうなずいて、
「それは自分でバラバラ日記を辿りつつ新しい目で考えて、自分自身の発見を捉える工夫や努力をしてみたいと思います。力の足らない事は分っていますが、自分の進む方向だけは先生のお教えでハッキリ会得致しました」
「そのお言葉をうけたまわって、うれしくてたまりませんね。署長には私が了解を得てあげますから、明朝からあなたの独特の目で発見を捉えては一ツずつ確かめて取捨しつつ進みなさい。私がこのバラバラ事件を解決するにはほぼ一週間かかりましたが、あなたも私と同じように一応一週間の区切りをつけておきましょう。ハンディはつけない習慣がよろしいですよ。そして一週間目に、あなたと語り合う日が、実にたまらないタノシミですね。では、御成功を祈りますよ」
 そして、更に一言、咒文《じゅもん》の様につけたした。
「ムリハツツシメ」

          ★

 一週間目の夕方、楠は新十郎を訪問し、二人は食卓をかこんでミュンヘンビールを傾けつつ、楠は新たに捉えた発見とその確かめた結果を語り、新十郎はそれぞれに批評を加えて、うむことがない有様だ。
「で、捉えた発見を確かめて、取捨したあげく、こまかな事実が積り積って自然に何かの形をなしましたね」
 新十郎にこう訊かれて、楠はちょッと返答をためらったが、
「確かめて得た物をつないで一ツの物にまとめるにはまだムリが多すぎるのです。特にボクが重大と見て今もこだわっているのは石松から折ヅメを貰った女の記憶ですが、その婦人から得た答は、そんな古い記憶は今さら思いだすことができませんという返答でして、それ以上は得られないのです。そのためにボクの推理は体をなしません」
「私もその婦人からはあなたと同じ返答しか得られませんでしたよ。ですが、そのほかにも一ツのことが分りました。婦人は折ヅメを貰ったことは確かに覚えていたのです。ですが、この折ヅメの件はここで一応壁にぶつかってしまったものと仮定して、これに代るべき他の発見が捉えられませんでしたか」
「そのような自在な頭のハタラキは思いもよらぬことです」
「では私がその壁にぶつかったとき、代りに捉えた発見を申しましょう。私たちは加十にヨメがあることを知っておりましたね。ですが、行方不明になったはずの加十の捜査願いが見当りませんでしたね。しかしヨメさんが健在なら心配している筈でしょう。で、今度はそのヨメさんの居所を突きとめ、加十の側から見た事実が平作たちの側からの物とズレの有る無しを確かめる方法はあるまいかと考えたのです。するとまず何よりも早く思いだすのはお直の言葉で、つまり加十には勘当後にできた特徴が一ツだけあるということですね。ところが女中たちの記憶によると加十その人らしい天狗はいつもトンビをきて黙って坐ってる以外には特徴らしいものの印象がないと云うのですね。着たり脱いだりするトンビは特徴にはなりません。また、今まで発見されたバラバラの死体にも特別に目立った特徴というものはないのです。特徴と申せば、身体に附属した何かでしょうが、もしも身体に特徴があるとすれば、今まで発見のものに見当らないから、それはまだ発見されない部分にある筈です。あるいはまた、室内でもトンビをきていつも黙りこくっているという女中の言葉から唖という特徴も考えられなくはないのですが、他にその特徴を暗示したり証明の助けとなる何かが見当らないようです
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