う云えば、どっちも左と右のマゼコゼだ。それにモモと足クビの包みの方はマンナカのスネに当る部分がなく、二の腕とテノヒラの包みの方もマンナカのヒジから手クビの部分がぬけてるな。手と足との二ツの包みがチャンとツリアイがとれてるな。ここに何かホトケのササヤキがあるという次第かね」
 妙にインネンが気にかかるから、楠はそれからそれへと考えた。けれども手足の一部分にすぎないものを、いかに長々と睨んでいたところで、ホトケの身許を知る手ガカリなぞ全く現れてきやしない。
 けれども彼は家へ帰るとその日からバラバラ日記というものをつけはじめ、職務とは別個に進んで捜査に当ってみようと考えた。そしてこの日記がはからずも後日解決の重要な原因となるのである。その日から折にふれてドテを歩いたが、バラバラ包みと彼とのインネンは以上の二個で終りを告げて、以後の包みはすべて他人が偶然発見した。
 九日に顔と左の足クビ以下の部分。
 十二日に胴体。
 顔が発見されればと当《あて》にしていたのが、この顔からは何もでてこない。鼻と両耳がそがれ、両眼がくりぬかれている。かいもく人相が分らない。一ツ残っている口の中には金歯というような都合のよいものはなくて、かなりムシ歯が多いが、特に特徴となるようなものは見当らなかった。
 ところが当にしていなかった胴体から意外なことが分った。解剖したら、胃の中から、鳥の肉やタケノコその他が現れたのだ。まだ殆ど消化しないうちに死んだのだ。
 そして顔と胴を合わせてみると、クビに絞殺の跡を認めることができた。
 男である。五尺四五寸の普通の体格をしているが、肉体労働をしている人間ではなさそうだ。年齢はハッキリは分らないが、二十以下ではなく、また老人ではない。
 絞殺された二十から四十ぐらいまでの男。分ったのはそれだけだった。

          ★

 胃の中からタケノコが現れたので、上役たちもやや重視した。
「寒のうちにタケノコを食ってるとは、どういう人種だろう? 大ブルジョアか、百姓か。今ごろタケノコなんか売ってやしない」
 当時はカンヅメのない時代だ。胃の中のタケノコはナマのものでなければならない。
「寒のうちで地の下の方にはもう小さなタケノコが生えはじめてますよ。深く掘って探せば指のように小さくてやわらかいタケノコを採ることができます。しかし、そんなタケノコを食ってる人種は知りませんなア」
 目黒の方へ問い合わせると、こういう返事だ。とにかくタケノコや鶏の肉から考えると、相当美食家らしいから、ヤクザではないらしくなってきたが、ヤクザが宴会の席でもつれてその帰路に殺すという場合なら胃の中の物もフシギなく当てはまる。
「とにかく行方不明の人間を調べて一人ずつ照合しているうちに身許が分るかも知れない。ほかに手はなかろう。もっとも、バカに根気のいい人物がいたら、八百八町の八百屋と料理屋を全部廻ってタケノコを訊いて歩く役を買って出たまえ。ほかの勤務は十日間休みにしてやるから、誰かバカに根気のいい人物はおらぬかな」
 この上役の冗談をきいてスゴスゴと立上った若い巡査がいた。まったくスゴスゴと、浮かない顔だ。これが楠である。
「その役をボクが買っていいですか。とにかくなんとなくインネンですから」
「なるほど。つまりバカのせいではないわけか。そう云えるのはオ前サンだけだ。大いによろしい。インネンによって八百屋と料理屋をシラミつぶしに訊いてまわれ。一軒ももらすな。約束通り他の勤務は十日間休んでよろしいぜ」
 そこで楠は根気よく八百屋と料理屋を一軒ずつ訊いて廻った。そこで一日目二日目と浅草をまわり、三日目に気をかえて対岸へ渡ってみると、向島の魚銀という小さな料理仕出し屋がアッサリ答えた。
「この季節にタケノコを使うのはオレのウチぐらいのものだ。もっとも日がきまってるな。一月三十一日。この日だけだ。今年で六年目だな。寺島に才川というウチがある。そこの一月三十一日の法要には毎年必ずタケノコを使わなきゃアいけない。わざわざ目黒の百姓のところへオレがでかけて掘ってもらってくるんだよ」
 一月三十一日。まさしく、これだ。場所と云い、時と云い、まさにかくあるべきところである。楠は心中にコオドリして喜んだが、色には見せず、怪しまれぬ程度に訊きだしてみると、次のことが分った。
 寺島の才川平作といえば名題《なだい》の高利貸しであった。間接に千や二千の人間は殺してるようなものだぜ、という鬼の商法で巨万の財を築いた男。ところが、六年前に長年連れ添う女房をなくして以来、その命日の一月三十一日にタケノコを食う。これは女房の何よりの好物であった。もっとも女房存命中は出盛りの季節に食ってたもので、寒中にタケノコを食うゼイタクを鬼の才川平作が許すわけはない。ところが女房が死ぬと、
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