用としては不用品。三年前に自宅から追ッ払って吉原の近くに三百代言の店をもたせてやった。そして代りに能文を末娘と結婚させて自宅へ入れて番頭とした。京子と能文は従兄妹同士の夫婦。しかし鬼はコセコセとした血の問題はとりあげない。
 次男の石松は勘当された長男同様ちかごろ酒と女に身をもちくずし、跡目相続をカタにして諸方に借金があるらしい様子。兄と云い弟と云い、鬼のタネからはロクな男が生れない。石松は二十六だ。
 主人平作もいれてタケノコメシに集る血族十二名。折ヅメの十四ひく十二は二。
「すると坊さんはお二人ですな」
「そんなムダなことはオレが大反対だ。お布施とタケノコメシはオレが一人で充分に間に合う」
「折ヅメは十四本。一本あまりますが」
「それはホトケにあげる。一同がタケノコメシをパクついてる時は仏前にも折ヅメとタケノコメシを飾っておくが、パクついてしまうと仏前から下げて、あとは誰の腹へおさまるのかオレは知らんが、これは坊主のオレに持たせて帰すのがホトケの道にかなってるなア」
「折ヅメもその場でパクつきますか」
「これは一同そッくり持って帰るな。オレもそッくり持って帰る。折ヅメの分量だけタケノコメシを腹につめこんで折ヅメはブラ下げて帰る方が得だなア」
 銘々が折ヅメを自宅に持ち帰っては、それを食べる可能性の人物がにわかにひろがってしまう。楠はガッカリした。しかし殺されたのが昼メシ直後でないらしいということは、その方が当然有りうべきことなのだ。ここで勇気を失ってはダメだと自分に云いきかせた。
「オレは鬼とのツキアイが不足でダメだ。鬼があばれていたころの番頭が浅草で天心堂という易者になってるそうだ。鬼の全盛の期間つとめあげた奴だから、これも気の荒い家来だそうでな。鬼の改心を見て奴めの方が見切りをつけて主人にヒマをだしたそうな。その後は田島町で易者になったということだ。鬼の悪業はこの易者が存分に知ってるだろ」
 誰々が折ヅメを食べたか? それを思うと気が滅入ってしまうが、まだやっと四日目だ。あと六日と半日あまりある。あせることはない。胃袋の内容から離れることは全然無意味な廻り道か遊びにすぎないような気がしたが、十二名の血族にここでいきなり飛びつくのはそれがアセリというものだ。
 楠はこう考えて寺をでると、坊主の言葉にしたがい、田島町の易者天心堂を訪ねることにした。今度は坊主のように楽な相手ではないらしい。

          ★

 楠は自分の年齢から考えて、加十の遊び仲間の弟と名のった。遊ぶ金に窮した加十にたのまれて自分の兄が用立てた金が千円の余になってるが、せっかく証文を握りながら加十の勘当、行方不明でこまっている。行方の心当りはないか、というわけ。これは易者向きの用にもかなってるから、
「見料はいかほどで?」
 冗談のつもりだが、ためらって云うと、天心堂は一向にためらわず、
「この見料はチト高いなア。そこを大負けにして三円にしてやろう」
 ベラボーな高いことを云う。楠は内心泣く泣く有金をはたくようにして三円払った。
「オレも鬼の才川平作の手下になって利息の取り立てをやってるうちに、人の人相が読めてきたな。あのころは鬼をあざむき、鬼を泣かせる奴らが多くてこまったな。怖しい奴、ずるい奴、向うところ強敵ばかりでユダンができない。それで敵を知るために必死に人相を読もうという心得が自然にできる。そのオカゲで易者になったが、真剣勝負の心構えで必死に会得した実学だから、オレの人相判断と易の卦はよその易者のヘナヘナの見立てとちがう。思い当って感心したら、またおいで。一々オレの見立てに伺いをたてて世を渡る者は必ず出世するぞ。三円五円の見料はタダのようなものだ」
 兇悪そうな目玉を落附きはらってむいている。ニヤリともしない。
「鬼の平作も血のつながる身内の者には目をかけてやる奴で、馬肉屋の弟又吉、妹のムコ女郎屋の銀八、いずれも平作が身を入れて引き立てたおかげで裕福だ。その代り平作の日ごろの訓戒を裏切ると、親でも子でも親類でもない、敵同士だ消えてなくなれとくる。加十の勘当がそれだな。可愛さあまって憎さ百倍。鬼にはそれが強いのだ。加十は杉代のはからいで京都で坊主になったが、またぐれて寺をとびだしてから行方が分らない。この行方を知っていたのは杉代だけで、どうやって通信していたか知らないが、死ぬ日までヘソクリを苦面して月々送金していたようだ。鬼の平作もこれだけは見て見ぬフリをしていたが、それは鬼の心にも有難い女房よと思う心があったせいだ。なぜかと云えば、平作に深い恨みをもつ者が殺しに来たとき、亭主をかばって杉代が二度もフカデを負うている。このオカゲで鬼自身は一度も傷をしたことがない。こういう有難い女房だから、さすがの鬼めも心底では女房に手を合わせている。杉代
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