とができそうだなア」
楠は顔をやや紅潮させて訊いた。
「すると、その婦人をさがしだして、その日の印象をさぐって、つまり……」
「つまり?」
「それは彼のアリバイの為に?」
「いえ。今はそこまで考えなくともよいのです。石松の場合に於ては、タケノコ料理の折ヅメを自分で食べずに女の子に持ってッてやるという事実が分ったことによって、その女の子を探すこと、また、その女の子にその日のテンマツを折ヅメの印象をたどって訊くことができるという割に有利な事柄が発見されたこと。それに気がつけばよいのです。そして、折角《せっかく》の発見ですから、とにかく確かめてみる実行を知るに至ればよろしいでしょう。タンテイの心得はそれだけのことです。推理を急ぎ、結論を急ぐ必要はないですね。発見を捉える度に、幾らかでも価値のある部分だけは事実を確かめて、そんなコマゴマした事実がタクサン手もとに集って自然に何かの形をなすまで、ほッとくだけでよろしいのですよ」
「分りました。ボクは今からその婦人をさがして訊きだせることを訊きだしたくなりました。もう一度やり直してみたいのです」
今にも直ちに女を探しにでかけたくてジッとしていられぬ様なもどかしい様子。新十郎はその意気込みに一応軽く頷いてみせたが、
「ですが、そのほかにも発見を捉えて確かめて帳面の隅ッこへ記入しておくべきことは、ないわけではありません」
楠はうなずいて、
「それは自分でバラバラ日記を辿りつつ新しい目で考えて、自分自身の発見を捉える工夫や努力をしてみたいと思います。力の足らない事は分っていますが、自分の進む方向だけは先生のお教えでハッキリ会得致しました」
「そのお言葉をうけたまわって、うれしくてたまりませんね。署長には私が了解を得てあげますから、明朝からあなたの独特の目で発見を捉えては一ツずつ確かめて取捨しつつ進みなさい。私がこのバラバラ事件を解決するにはほぼ一週間かかりましたが、あなたも私と同じように一応一週間の区切りをつけておきましょう。ハンディはつけない習慣がよろしいですよ。そして一週間目に、あなたと語り合う日が、実にたまらないタノシミですね。では、御成功を祈りますよ」
そして、更に一言、咒文《じゅもん》の様につけたした。
「ムリハツツシメ」
★
一週間目の夕方、楠は新十郎を訪問し、二人は食卓をかこんでミュンヘ
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