のさ。平作は学問ギライで、イヤがる加十をデッチなみに家業の手伝いをさせた。するとぐれて身を持ちくずして勘当となったが、弟の石松は今年二十六、人の話では二十三四からぐれたそうだ。オレが鬼のウチから出たころ二十ぐらいの生意気な小倅だったが、まだ身持ちがわるくはなかった。石松は兄に反して学問ギライ、遊び好き、芸ごとが好きで、唄三味線踊りを習い、寄席や芝居へ通うのが日課だ。平作は兄でこりてるから、石松には好きなようにやらせておいたが、芸ごとに凝って身を入れるぐらいのことは放蕩にくらべれば雲泥の安あがり、それに見た目には表面の風俗が似ているから、かえって他人の放蕩なんぞ羨しがりもせぬような行い澄した遊び人ができ易いように世間では考えられているなア。それも一理はあるが、根はめいめいの人柄によることだ。石松はぐれるにはオクテだったが、ぐれだすと始末のつかない奴で、齢をくッてるからいったんぐれると加十の比ではない。相続してからの約束で、鬼の子がよその鬼から借りてる金はお前さんの兄貴の証文にあるようなのとは二ケタぐらい違うようだな。オレのところへ金策に来たこともあるが、オレはそれ、この霊感の人相判断。ジッと見て、石松の相に立ち枯れる若木の相があって身を食い枯らす悪虫が這っていると見てとったから、金を貸してやらなかった。オレに貸せという金が、なんと二万円。こんな借金をあちらこちらでやられては親の迷惑は知れたこと。三百代言のムコがオレを訪ねてきたのも、石松に金を貸してくれるな、それを承知で貸した金は無効、取り立てできない、そういう証文を取り交してくれというタノミだ。諸々方々の鬼の同類を廻り歩いて、こういう証文を取り交してもらっているのだそうだ。どうやら石松も勘当らしいということだ。なア、するてえと、加十の今の身持によっては勘当が許されるかも知れないと人見角造が言っておった。さア、どうだ。三円の見料は高くはなかろう。お前さんの証文が近々息を吹き返して生き返るらしいぜ」
なるほど、そんなワケがあったか、と楠はうなずき、
「で、加十さんの今の身持というのは、勘当が許されそうな身持でしょうか」
「さ、それだな。加十の身持も知りたかろうが、加十がどこでどんな姓名で暮しているか、それさえも親類の者が知らないそうな。杉代が遺言で誰かに加十の居所姓名をもらしているかも知らぬ。もしも誰かにもらしたとすれ
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