残らぬようにと、目をそむけ、目をつぶりながら、ですがイノチをこめてタンネンに焼きすてております。もう、何も訊いて下さいますな。そのような怖しいことを。もう、一切……」
 元子夫人の声はシドロモドロとなり、フラフラと立ち上った。気をとり直して、必死に力をこめて、直立した。そして、やがて静かな別れの一礼を政子に与えて歩きかけようとしたが気をとり直して新十郎の方へ一足すすんで、
「結城新十郎さまと仰有いましたね」
「左様でございます。探偵とは正義のために戦うことを務めとし、いかなる人々の秘密をも身命にかえて守ることを誇りと致す者です」
「改めてお目にかからせていただくことが御不快ではございませんでしょうか」
「いいえ、その御懸念はアベコベです。私から奥様にいつか再びお目にかからせていただく申出が無礼に当りはしないかと実は気にやんで差し控えておりましたのです」
「ぜひともお目にかからせていただきとうございます」
「小沼さまをお宅までお送り致すと、そのあとはずッと約束も予定もございません」
「私にはお構いなく。美男子の紳士探偵さん。公爵家の美しい若夫人とお似合いよ」
 政子は大声で言いたてながら立上った。それを見て政子を送るのを無意味とさとってか、新十郎は軽快に応じて、
「私の半可通の紳士ぶりがおキライのようですね。我ながら悪趣味と見立てていますよ。今後あなたにつきあっていただく時は、本性通りの三百代言の風体に致しましょう。しかし、あなたの御本心は、素性正しいホンモノ紳士ならばお好きのようですね」
「お気の毒さま。心底から、紳士大キライ。貴婦人大キライ。私がタンテイをカモにするときは、お涙でも、お色気でもないわね。ピストルか短刀よ。サヨナラ」
 と言いすてて政子は二人にふり向きもせずサッソウととび去った。

          ★

 元子が周信の脅迫をうけているのは、公爵との結婚前に周信と恋を語らった秘密の時期があるせいだった。女学校時代、元子は年少政子を特殊な愛情でいたわる親しい関係にあったために兄の周信とも知りあい、彼の巧妙な口説のトリコとなって一時は身も心もささげたことがあった。愚かではあるが、夢のような時代だ。そして、そのころ胸の思いをせッせと書き送った周信への手紙が、今や脅迫の原料に用いられていたのだ。周信の御親切な報告によると、それは合計して百十数通にも及んでいるそうだ。
 周信から脅迫状のたびに指定の場所へ使者を差し向けて、一通二千円でひきかえる。いつも一通ずつだった。こうして大方十五六通は買い戻したであろう。生れたときから十一二まで乳母として附きそってくれた杉山シノブという老女が公爵家での新婚生活を案じて婚家へついてきてくれた。それが脅迫の秘密をうちあけた唯一の相談相手で、お金を渡す使者の役目も果してくれるのだが、二千円の金策では例外なく苦労がつきまとい、いつも二人の胸をいためる問題だった。
 いっそ全部一まとめに売ってくれさえすれば、十万円でも二十万円でも構わない。一時の恥をしのんで生母にすがる勇気があれば、金額の多少なぞはさしたる問題ではなかろう。この方がむしろ苦痛を早めに救う策と思われたから、その旨を周信にたびたび提案した手紙を送ったが、周信はその提案をうけつけてくれなかった。一とまとめでは味もタノシミもないし、第一、全部一とまとめに渡すとなると、とかく善人どもという奴、策をかまえて、手紙の束をまきあげておいて引き換えの金をくれないことが起りがちだが、一束そっくりまきあげられて残りの証拠がないから、もうインネンがつけられない。左様なわけで、まアせいぜい一通ずつ末長くオツキアイ致しましょう、というような憎らしい返事であった。
 この秘密を人にうちあけることができるなら、すべての人々に打ちあけて救いを乞いたいような気持であった。新十郎との再会をねがったのも、救いの力がほしい一念のせいだ。しかし元子は怖い悲しいの思いで、脅迫状も半分目をづぶって走り読みにするほどだから、新十郎の機密を要する問いに答えて手ガカリを与えてくれる役には立たない。
 新十郎は元子を慰め、必ずや近く朗報の訪れがあるでしょうと力を与えて、老女杉山に会った。
「手紙とお金の引き換えの方法は?」
「指定の場所も方法もあちらの代人も一通ごとに変っているのです。周信自身が現れたことはなく、代人は時に流し三味線の女だったり、車夫だったりで、二度と同じ者が現れたことはありません」
「脅迫状を読んで、筆者の変化にお気づきではありませんか」
「そんなことがあろうとは思わなかったせいか、ついぞ気づいたことはございません。手紙の文面を頭にたたみこむと直ちに焼きすてることを急ぎも致します」
「脅迫状がだいたい何月何日ごろに到着したか分りませんか」
「それは私の日記に、人様には分らぬ符号でみんな印してありますから調べてお知らせ致しましょう」
「それは実に幸運でした。私の仕事では、そのようなちょッとしたことから春の訪れを見る例が多いのですよ。最後に一ツだけ、特にメンミツに本当の事実を思いだして教えていただきたいのですが、若奥様とあなたのほか、もしや他のどなたかにふとこの秘密を口外なさったことはございませんでしたか。それを慎重に思いだしていただきたいのですが」
「他に一人だけ、たしかに、私が口外いたしました。私の一子で、杉山一正と申します。手紙とお金との引き換えの使命を無事果すのが不安のために倅に同行護衛をもとめたのが事の起りですが、わが子の自慢とお笑いかも知れませんが、親の慾目ながらも、これにまさる頼もしい男の心当りもなく、秘密をうちあけて裏切ることのない心当りの者も他にないと思い定めたすえに、生活の幅も目の届く幅もせまい女の判断ではありますが、わが子一正にだけは秘密のあらましをうちあけてしまったのです。まさか母を裏切ることがあろうとは信じられませんが」
「杉山一正と仰有るのは、拳法体術の達人と名の高い杉山先生ですか」
「その杉山一正です」
「立派な御子息をお持ちでお幸せですね。先生は御人格の高さでも有名なお方ですね」
 日記を調べて脅迫状到着の日附の書附をもらい、最後に小花に会った。これも美人だが、いかにもきかぬ気の、気象のはげしさが人相にうかがわれる娘。元子夫人が直々に、
「結城さまには私から御依頼した筋があるのですから、何事もつつまず御返事して下さるように頼みます」
 と言葉をかけてくれたから、対談はスラスラと、彼女の家出に至るまでのテンマツは私がすでにお話し致したところだが、それとほぼ同じことを逐一物語ってくれた。
「あなたが当家へ住みこんだにはワケがあろうと思われますが、それを語っていただけませんか」
「案外単純な理由だけです。自活の必要にせまられたこと、自活の途は女中奉公ぐらいしか思い当らなかったこと、女中になるなら御当家なぞへと思った程度のことからです。御当家の若奥様が私に似たお気の毒なギセイ者のお一人だとは周信さんから承わったことがありましたのでそれが心にしみてもいましたが、どうせ奉公するなら大家にかぎるとの考えで、大家と申せば今までの行きがかりのせいで心当りの筆頭にはまず御当家を思いだしも致しましょう。御当家がたまたま私が身をよせた伊勢屋さんのオトクイ様ときいて、益々なつかしく、御当家ならばね、とふと希望をもらしたのが案外にも本当の話になったのでした」
「御当家へ奉公ののち、周信さんの話の通り若夫人がたしかに彼の昔の恋人だと思い当るようなことが有りましたか」
「それはついぞありませんでした。お側近くお仕えしたことがめッたにありませんでしたし、直接のお言葉をいただく例もまずなかったと申してよろしいほどですから」
「兄上とハマ子さんとは寮へ引き移るまでは特に親しい素振りがなかったのですね」
「主人と女中の関係以上に親しいという素振りはついぞ気づかなかったのです。私のウカツかも知れません。奥の間で私と周信さんの言い争っているのを兄さんと一しょにハマ子もきいたと申しているのですから、私の気づかなかったのがフシギだったのかも知れません」
「その奥の隣室には、兄さんはともかく、女中が勝手にふみこむイワレがないと仰有る意味ですね」
「女中が勝手に来ていけない部屋とは申しませんが、男主人がそこに居ると知りながら、御用でよばれたワケではないのに奥の部屋へ参るのは不審です。ハマ子が単に女中ならば主人の姿を見て振向いて戻ったでしょう。もっとも当日のハマ子はウロウロと面白そうに諸方の部屋々々の騒ぎを見物に歩き廻ってはいましたが」
「奥の部屋まで見物にでかけるような特に変ったことはなかったのですね」
「私と周信さんとが奥の部屋へ姿を消したのに気がついて、それを見物に近づいたのかも知れません。また兄さんも私たちの立聞きが目的かも知れませんね。小心で何もできないお坊ッちゃんに見え、またそのようなフリをして見せることが本能のような兄ですが、実は立聞きだの、隠し物だのと、人の目を盗むことにかけてはとても素ばしこくて天才的な術にめぐまれているのです。その早業を見破られて後の処置にも天分があって無限にそらとぼけて、ただなんとなく顔をあからめて世なれない坊ちゃんらしくゴマカシおおす手法なんぞ、みんな生れつきの本性なんです」
「あなたは日記をつけていますか」
「いいえ。つけたことがありません。ですが特に変った出来事の日附でしたら、日記につけずに頭に記憶しておく程度の代用のハタラキは持ち合わせております」
「例えばこの半年に起った大変化のうちで、どのような出来事の日附を覚えていますか」
「たとえば、小沼家の方々が政子さんを離婚させて連れて戻るために乗りこんできて、ドッタンバッタン家中を引ッかきまわして荷づくりして引き払った出来事が十二月十七日。また私と周信さんが言い争ったのもその日です。周信さんが土蔵へ目ぼしい品物を物色にでかける姿を認めたものですから、引き止めて、奥の間へ誘って詰問し、言い争ったのです。その日はせつない日、口惜しい日、そのために忘れられない日でした。十二月二十二日には、兄と私とハマ子と三名、寮へ引越し。一月の十三日に、小沼家の親子三名が寮へ現れて、そろそろ新居に落ちついて隠し物もとりだしたころだろうと憎いことを言いながら家探しの日。家探しの三人が帰ったあとで、私は兄さんと争って寮をとびだしました。家出の記念日です。その日から伊勢屋さんが親切にひきとめてくれるままにズルズルとお世話になって、一月二十八日に御当家へ奉公にあがりました。ざッとこんなことがこの半年の私の大きな出来事でした」
「ではあなたに代って私がそれを文字の日記にしるしておきましょう」
 と、新十郎は日附と出来事とを書きとめ、さて元子夫人にイトマ乞いして、
「脅迫状がきましたらイの一番に私に知らせて下さい」
 とたのんで別れをつげた。

          ★

 さてその足で久五郎ハマ子の侘び住居を訪れた。世捨人だから言うまでもなく日記もつけていないし、俗事について多く語ることも好まない。何をきいても手応えがなくて手こずった。小花から聞き得た限りの共同の生活中の出来事をたよりにこんなことが有りましたねときくと、そう、そんなこともあったようだ、たしかに、というような返答ぶり。
「いつぞや周信さんたちが凄い剣幕で家探しに現れたそうですが」
「そうでしたッけなア。そう。そうでしたなア。明朝大工とトビをつれてきて天井もハメもネダもひッぺがして人間の尻の穴も改めてやるから待ってろなんて、あの時は、私たちふるえあがりましたっけ」
「それはいつごろのことでしたか」
「さア、春さきの陽気になりかけたころ、三月か四月ごろかなア」
「小花さんの失踪後ですね」
「そうだね。小花はそのときは居りません。なぜってお互の尻の穴を心配し合ったのはたしかに私たち夫婦二人だけ。ほかにお尻がなかったんだねえ。ところが案じたほどのこともありませんでした」
「お尻の穴は無事でしたね」
「いえ、周信ほどの悪党が堅く約束しておきながら現れなかっ
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