づく脅迫に悲しみ泣かされている人が実は手紙の束を取り戻した人かも知れない場合だって有りうるでしょう。そして、もしも手紙の束を取り戻した人がもう泣く必要がなくなったのに、まだ脅迫が続いていますと探偵さんに物語って泣いてみせているのだとすれば、それは兄を殺した下手人がその人の一味だと問わず語りしていることではありませんか」
 政子の疑惑には根の逞しい執念が感じられた。思いつめているのだ。真剣に、一途に唯一の狙いに全部をかけた逞しい疑惑だ。
「ともかく、再び日附の配列から、脅迫状と家探しとに一聯の関係の存在が類推され、そしてその真実が証明された。すると三月の場合に一月の日数を当てはめてみると、脅迫状の到着が三月五日、一月ならその五日後が家探しだ。しかし幸いにも、指定日までの日取りを長くしてくれとの周信へ依頼状を書いた杉山さんはコクメイな日記をつけているから、その正確な日を確かめることができる」
 と直ちに問い合わせてみると依頼状は三月十一日の午後投函。すると、十三日、おくれても十四日には周信がそれを読んでる筈だ。
「なんということだ。周信の失踪と寮への怒鳴りこみは、殆ど連続してるじゃないか。アッ、そうだ。ここに女相撲の一件があるぞ。そうだッたなア。これをウッカリ忘れているところだったが、アア、実にこれは重大きわまることらしいぞ。実に、ウッカリ。バカだなア。危くこれを見落すところだったなア。すると、女の横綱が狐の化けた女にばかされて大石を運んだという一見バカバカしいことも、笑いごとだと思ってすませると大変な見落しになるかも知れないぞ。とにかく、これを見落さなかったことは幸せだったが、ウム。たしかにそこに何かがある。アア、期待が先走るために頭が混乱してしまう。落着いて特に、益々、落着いて」
 新十郎はこう自分に向って言いきかせると、湧立つ胸を必死にしずめて、考えこんでしまった。(ここで一服、犯人をお当て下さい)

          ★

 この事件はその発端が常と変って、新十郎は相棒の同行を許されなかったから、結末に至っても、相棒も海舟先生も現れる余地がなかった。ついに新たな脅迫状が元子夫人をおびやかす日がきた。手紙は待ちかまえていた新十郎に廻送された。
 その日から、新十郎は警察に依頼して多くの警官の助力をもとめ、厳重な、しかし敵にさとられることがないような細心の注意をこめて監視網をはりめぐらしたのは、ある一軒の邸宅であった。そして、その邸内から出てきた一人の若い女が街でさる人物と会って一物を手渡して何事か依頼したのを確かめ、依頼をうけた人物の方を取り押えて訊問すると、予期の如くに総てがハッキリと現れた。彼のうけた依頼とは金品交換の指定日に指定の場所で元子の使者から金をうけとる役であった。彼が渡された一物はまさしく金と交換の元子の恋文のうちの一通であった。
 監視網をはりめぐらした邸宅とはチヂミ屋の寮。邸内から出てきた女とはハマ子。
 かくて犯人久五郎とハマ子は捕えられた。
 新十郎は真相をききに来た政子に語ってきかせた。
「女相撲という一見事件にレンラクしそうもないことを最初に私に語ってくれた人が世捨人の久五郎さんだと気がついたとき、私はビックリしたのです。相当に物見高い血気の人でも女相撲の興行を知らない人が少くないのに、めったに外へでない筈の世捨人が、もっとも、単に女相撲の興行の存在を知ってるだけだと云うなら偶然の然らしむるところと考えられもしますが、ほかの出来事は大がい忘れていながら、女相撲と周信氏の宣言という聯想しにくい二ツの事柄のレンラクだけは妙に記憶していました。これは普通ではありますまい。おまけに調査の結果は女相撲と大宣言とたしかにレンラクがありました。周信氏の大宣言はまさに女相撲の興行の最中でした。しかしながら、もしも更に女相撲と大宣言とに密接不可分の関係があって、たとえば女の横綱が狐の化けた女にだまされて大石を運んだことなぞと関係があったと仮定して、そこから曰くありげな何かが考えられるであろうか。こう考えて多くの場合をタンネンに思い描くと、曰く有りげなものが確かに在って次第に鮮明に浮かびでるのが分ってきました。お宅の女中さんの話によりますと、兄さんは失踪直前の夕食中に今夜一晩は不寝番だからカゼをひいちゃいけないな、厚着しようと呟いておられたそうですね。さて、そこで、その兄さんがこの前後にチヂミ屋の寮に現れたときのことを考えて下さい。これから家探しにとりかかるかと思うとそうではなくて、明日早朝を期し、大工とトビをつれてきて天井もハメもネダもひッぺがして徹底的に家探しを致すぜという大宣言の由でしたね。前もってこんな大宣言をする必要があるでしょうか。まるで、だから、ほかのところへ秘密の品物を隠せ、と敵に都合のよいことを教
前へ 次へ
全16ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング