の支払いも要求できないどころか、二十万ドルの罰金まで取られることになっては、完全に破産であった。
どうあがいても、破産以外に辿る方法がなかったのである。
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あとで聞いたところでは、ペルメルは生糸商人泣かせの札つきの悪者だったそうだ。日本の生糸商人のずるいのと相対的に、外国の生糸商人も悪いのが多かった。生糸貿易にかけては素人のフリをして、期限ぎれや、わざと粗悪品をつかまされるように仕向けて、契約違反で訴えて、品物はタダ取りの罰金はモウカルというモトデいらずの商法の大家が多かったのである。ペルメルもその一人だが、あるいは多門と組んでいたのではないかと考えられた。
ここに、おどろいたのは小沼男爵であった。むろん多門が久五郎を一パイはめてモウケルことは心得て、少からぬ割前をとって、多門を久五郎に紹介してやったのだ。多門の最初の利益十四万円の半分ぐらいの割前はとっていた。
しかし、久五郎が破産する結果になろうとは考えていない。チヂミ屋は彼の生活を保証する銀行みたいなものだから、これに破産されては元も子もなくなる。
小沼男爵の考えでは、さし当って多門がもうけ、つづいて久五郎がもうける。つまり多門の言葉を信用していたのである。そして久五郎がペルメルから全額支払いをうけて大モウケのあかつきにはタンマリ割前をとる胸算用であった。
意外の破産に驚いたが、こうなってしまえば仕方がない。彼は久五郎を面罵して、
「キサマはなんというマヌケのバカヤローだ。ヌケ作の破産者に男爵の娘が女房などとはもってのほかだから、つれて帰る。娘をキズモノにされたのは残念だが、財産がなくなっちゃア慰藉料もとれない。しかし、全然一文なしではあるまい。何かあるだろう。この離婚願いに印をおして、何かだせ」
一しょに来ていた男爵の長男周信、これが立派な身ナリをカンバンに悪事を商売にしているシタタカな男で、血も涙もない奴だから、
「タンポにはいってないのは芝の寮だけだ。日本橋の店も土地もそッくりタンポにとられているから仕様がないが、カケジや焼物なんぞに何かないかな」
ちゃんとタンポまで調べあげている。土蔵をひッかきまわしたが目ぼしい物もない。すると政子が、久五郎を睨み下して、
「この男はずるい悪党よ。破産して一文ナシだなんて世間には吹聴して、虎の子を肌身はなさず隠しているのよ。探してごらんなさい。身につけていなければ、どこかに隠しているのよ」
周信は逃げようとする久五郎にとびかかり、逆手をとって捩じふせ、妹と二人がかりで着物をはぐと、まさしく腹巻の中に五万円の札束がギッシリつまっていた。
「どうだい。ひどい野郎じゃないか。五万円も身につけて隠していやがる。気がつかなければ持って逃げるツモリだから、狡猾きわまる奴だ。これは政子の慰藉料には不足だが、その一部分にとっておく。何万斤という生糸を買いつける予定にしていたほどだから、人から借りた金にしても、モッと現金を隠していやがるのだろう。実にふざけた奴だ。お前は心当りを探してみよ」
「ええ。そういうインケンな男ですよ。シラッパクレて、コソコソと利口ぶったことをしたがるのよ。もしもそれに私たちが気がつかないと、私たちの後姿に舌をだして嘲笑うのよ」
兄と妹の家宅捜索は真剣そのものだった。むろん父の男爵もモウケルことで子供に劣るような人物ではないから、せッせと物色して目ぼしい物をかきあつめる。
タンスのヒキダシは一ツ一ツ放り出す。ひッかきまわす。机のヒキダシも、押入れの中のものも放りだしてひッかきまわす始末であった。
久五郎の妹の小花(二十)が腹を立てて、兄をせめた。
「何をボンヤリしているのですか。他人にわが家をひッかきまわされて、ボンヤリ見ているオタンチンがあるものですか。追い返すことができないのですか」
「破産してしまえば、オレのウチも、オレの物もあるものか。踏みつけられるだけ踏みつけられるのをジッとこらえているだけがオレにのこされた人生なんだ。ジッとこらえるほかに、何ができるものか。一ツや二ツのことにジタバタしたって、オレが失った人生は取り返されやしない」
「破産したから離婚だの慰藉料をよこせだのと仕たい放題に振舞われても、刀をぬいて斬りつけることもできないのね。魂からの素町人のマヌケのイクジナシ。豆腐に頭をぶッて死んじまえ。こんな情けないマヌケのイクジナシが私の兄だなんて、まッぴらよ。私も離縁するから、そう思ってよ」
久五郎は長火鉢によりそって端坐して、人々のなすがままにまかせて放心しつづけていた。プンプンしている妹と同じ程度に、家宅捜査の親子三人組も真剣で気魄がこもっていてワキ目もふらない。
三四日のうちに用がなくなる番頭も女中も、もうこのウチの出来事なんぞはどうだってかまわない。
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