花はワッと泣いてとびかかった。しかし、一突きで突きとばされて壁際まで素ッとばされてしまった。
すると、小花の素ッとんだところに小娘が立ってニコニコと見物している姿をようやく人々は発見した。主家の娘が自分の足もとへ素ッとんできてころがったが、この小娘は介抱なんぞする気配はまったくない。あんまり面白そうに眺めている顔だから、
「なんだ、キサマは?」
と周信が睨みつけたが、小娘は平然たるもの。周信の睨みの威力はてんで小娘の上に及びがたいらしく、小娘の珍しそうな笑い顔にはミジンも変化が起らない。政子は憎らしがって、
「ここの女中よ。薄汚い、助平ッたらしい小娘ねえ。あの男はこの小娘に気があるのよ。ちょうど似合っているのよ」
ハマ子は珍しそうに目を上げて、感心したように政子の顔を眺めた。政子はいかにもバカにされたように感じたらしく、
「あっちへ行って! 女中の分際で勝手に茶の間へきて立っているのは失礼よ」
ハマ子はさらに感心したらしく政子に見とれていたが、やがて念仏か呪文でも唱えるように、
「立ってお預けチンチンは乞食男爵だけ」
ニッコリとイヤに色ッぽく笑って、ふりむいて、立ち去った。大横綱と取的の勝負のように、てんで問題にならない。乞食男爵の正体バクロして一族三名小娘に投げとばされたように見えた。
「それ。人足をよんで、荷を運ばせろ」
周信はいまいましげに政子に目くばせして云った。荷車をひいた人足をつれて来ているから、ただちに積み込みがはじまる。周信は積み荷に一々視線をくばりながら、政子に向って、
「オイ。オレのあれはどこへ包んだ? マチガイなくあるだろうな」
「私の着物類と一しょに、この包みの中」
「どれ?」
周信は中を改めていたが顔色が変った。
「ないじゃないか」
「どうして? アラ、ほんと。ないわ」
「たしかにこの中へ入れたのか」
「いいえ、これと一しょにタンスへ入れておいたのよ。その中のものをそッくり一包みにしたから、この中にある筈だと思うんだけど」
「じゃア目で確めてみなかったのか」
「このフロシキをひろげた上へタンスのヒキダシを順にぶちまけただけよ。そしてそのまま包みを造ったんですから、こぼれる筈はなし、有るものと信じていたわ」
「きっとそのタンスか」
「まちがいないわ」
どう探してもそれが見当らないと分ると、周信の顔色の変りよう、一気にして不安に
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